35匹目 【勇者編】置きゴーレム

「何だと? 勇者と将軍が交戦中!?」

「は……はい」


 豚鬼オーク族長は砦に侵入し、雑兵を槍で蹴散らしていた。

 すると、後援部隊からの伝達者が現れ、勇者が現れたことを報告してきたのだ。


「ど、どうしますか?」

「こっちは手詰まり状態に入ってきている。増援がほしいところなんだが……」


 予想以上に帝国軍の抵抗が激しく、ゴーレムによる破壊活動の進捗状況は遅れている。ファングもかなり疲労し、移動速度が落ち始めている。さらに、砦の奥地から帝国の増援部隊も確認された。

 兵士のスタミナ低下と、敵兵の追加。

 援護なしに作戦を続けると、魔族陣営は窮地へと追い込まれるだろう。


「仕方ない……全員に撤退命令を出せ」

「しかし、ここまで侵攻できたのに……」

「深追いはしない。俺たちが生きて帰還することが優先だ」

「わ、分かりました……」


 それは族長にとっても悔しい決断だった。後援部隊さえ整っていれば、この砦は完全に制圧できていた可能性は高い。

 砦の兵器のほとんどを破壊し、ゴーレムによって原形を留めないほど外壁も崩れている。他の兵士たちも「あと少しで勝てる」と考えていた。


 族長の撤退命令により、砦を攻撃していた部隊が去り始める。飛竜が兵士を乗せて上空へ避難し、弓による追撃を受けぬよう銀色の飛竜――ファングが彼らを援護した。火球を吐き出し、弓を構える帝国兵を排除していく。


 そして、砦の外にいたストライカー・ゴーレムは破壊活動を停止し、まるで操っていた糸が切れたかのように動かなくなる。

 族長とその部下は飛竜の背中に乗り、空からゴーレムの様子を見つめていた。


「族長、ゴーレムたちはどうしますか?」

「あのまま残す訳にはいかん。敵の増援が砦に入ったらを発動させろ」

「分かりました」






     * * *


 ――その数分後。


「やった! 完全に魔族が撤退したぞ!」

「俺たち、砦を守ったんだ!」


 その砦から魔族はいなくなっていた。歓喜に沸く帝国兵たち。


「どうやら、勇者様がうまくやってくれたみたいだな」


 この状況に、司令室にいた指揮官も安堵の声が漏れる。

 増援部隊も到着し、砦の補強や死傷者数の確認が始まった。大砲やバリスタの修理、負傷者の治療、死体の運搬――そんな作業が砦のあちこちで行われる。


 そして、ストライカー・ゴーレムの解体作業も開始された。兵士が土の巨人の足元に集まり、スコップやピッケルなどでボディを破壊していく。


「おい、どうして魔族はこのゴーレムを放置していったんだ?」

「何だ、知らないのか? ゴーレムっていうのはな、大部分が土で構成されているから結構もろいんだよ。崩れる度に補強するのに手間もかかるし、動きも鈍い。だから、撤退する側から見れば、置いていった方が都合がいいんだ」

「そういうことか。ん……?」


 その兵士は、ゴーレムの瞳が妖しく点滅していたのを見ていた。


「今、こいつの目が光らなかったか?」

「まさか、そんな訳ないだろ。ここに魔族はもういないんだぜ?」

「気のせいか――」


 そのとき――






 ドガアアアアアアアン!





 熱風。爆音。

 放置されていたゴーレムが次々と自爆した。

 ゴーレムの体内に仕込まれていた魔導爆薬が発動し、砦を巨大な炎が包み込む。それは増援に駆けつけた多くの兵士を吹き飛ばし、砦の大部分を粉砕した。

 巨大なキノコ雲。熱気によって生じた上昇気流が細かな破片を上空へと舞い上げる。魔族たちはその光景を遠方から眺めていた。


 自爆魔術――それは本来、勇者を爆発に巻き込むつもりで設計されたものである。しかし、シュードキベレ将軍の読みが外れたことで、こうした使い方をせざるを得なくなったのだ。


 歓喜に沸いていた砦は一変し、痛みと恐怖の叫び声に再び包まれたのだった。






     * * *


 ――爆発によって舞い上がった土の粒子が核となり、上空で雨粒が形成される。


 その雨は、俺たちがいる森林にもポツポツと降り注いできた。


「雨ですね……カイト」

「ああ」

「砦はどうなったのでしょう」

「ここからじゃ分からないな。早く戻ろう」


 ミアによる魔術で、焼け野原となった野営地。そこには黒焦げになった死体で溢れていた。


 ――もちろん、シュードキベレ将軍の死体もある。


 彼は体は地面へと伏し、狼の生首は目を見開いていた。


「カイト。少し待ってくれませんか?」

「どうした?」

「シュードキベレ将軍の死体は燃やしてしまった方がいいと思うんです」

「ああ……なるほど」


 何となく、俺にもミアの考えは理解できた。

 ミアはシュードキベレ将軍の死体が再利用されることを恐れている。

 魔王軍の幹部――召喚士ギルダは傀儡かいらいの術を死体にかけて、駒として利用することが可能だからだ。その術によって動けるようになった死体は、生前の能力を使うことができるらしい。

 もし、このまま俺たちが砦に戻り、魔族によって死体が回収された場合――俺たちは動く屍になった将軍と再び戦う可能性も出てくる。

 それを防ぐには、今、死体を再利用不可能な状態にしなければならない。


 その手段として、燃やすのが手っ取り早い――という訳だ。


「そうだな」

「ワタシが魔術で燃やします。雨ですから、なかなか燃えないと思いますけど」


 こうして、ミアは地面に伏すシュードキベレ将軍の体へ近づいた。


 そのとき――




 ブジャアアアッ!


 ピギャアァアアッ!







 シュードキベレ将軍の死体から飛び出たが、ミアの体を貫いた。

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