34匹目 【勇者編】剛突の雷爪狼

 半人半狼ワーウルフのシュードキベレ将軍――数多くの戦いに参加し、強者を葬り、生き抜いてきた男だ。その過程で彼は毛皮に強力な静電気を纏い、それを攻撃に転換する術を獲得する。多くの敵兵をその電撃によって沈め、帝国軍の兵士から付けられた異名は――雷爪狼。






     * * *


 魔術師ミアによる落雷攻撃で野営地は魔族の死体だらけになっていた。地面からは湯気が昇り、落雷によって地表の温度が急激に上昇したことを示している。


「うおおおおおっ!」

「はあああっ!」


 その野営地の中心で俺とシュードキベレ将軍は死闘を繰り広げていた。

 飛散する火花。青白い電撃。

 将軍が爪を振ると、その電撃が空中にネオンのように残る。彼は雷爪による高速乱舞を繰り出し、俺のエクスカリバーを弾いた。爪によって剣の軌道を逸らされ、こちらの攻撃が入らない。

 俺も爪を避けるのも命懸けだ。将軍からは常に電撃が放たれており、爪攻撃やその軌道に近づくだけで火傷を負う。


 初めて知る魔王軍幹部の実力。他の雑兵とは比べ物にならない。


「はああっ!」


 俺の後方でミアが魔術を発動させる。

 何本もの水柱。それが将軍に襲いかかった。彼は魔術の檻へと閉じ込められる。


 しかし――


「そんな魔法、我輩は何度も潜り抜けてきた!」


 将軍は魔術の中を平然と歩き、檻から脱出した。

 本来この魔術は陸上の敵を水の中に閉じ込めて溺死させる技だが彼は苦しい様子を全く見せない。


「うらあああっ!」


 俺は間髪容れず、エクスカリバーによる斬撃を放つ。


 バシャアアアッ!


 将軍はその攻撃を爪で軽く受け流す。流された斬撃は彼の後方にあるミアの水柱を両断した。水塊は崩壊し、落雷で焼けた大地へ雨のように降り注ぐ。漂っていた湯気が消え、地表は再び潤った。

 その雨の中で将軍は不敵に笑う。


「我輩のような魔王軍幹部と対峙するのは初めてか? 勇者よ?」

「ああ。そうだな」

「そう言えば、獣人族の娘はどうした? 以前貴様とともに旅をしていたが消えたらしいじゃないか?」

「……うるせぇ」


 モンスターに殺された――なんて言える訳がなかった。

 本当は将軍もそれを知っていて、煽っているのではないだろうか。カジという人物があのモンスターを本当に作ったとなれば、彼がそのモンスターの動向を観察して一部始終を見ていた可能性も捨て切れない。


「答える気はないか……まぁ、もし生きているならば乱入に用心すればよいだけのこと」

「本当は知っているんじゃないのか? カジってヤツが知っていそうだがな」

「カジが? 貴様は面白いことを言うのだな。確かにヤツは普段何をしているか分からんし、ゲテモノを集めては独自で何か研究を進めている。しかしヤツにそこまで情報を掴む実力はない」

「そうか……」


 カジに関する『ゲテモノ趣味』という情報は本当らしい。それに『独自で何か研究を進めている』という部分も気になる。

 このゲテモノ趣味が転じて進めた研究の成果が泣章魚で、それを野に放ったのではないだろうか。

 とにかく、まだカジがオルネスのかたきでない証拠は皆無だ。


「では無駄話はこれくらいにして、戦いに戻ろうか。勇者よ!」

「そうだなァッ!」


 ガギィィイイン!


 激しくぶつかる爪と刃。

 互いが渾身の力を込めて斬りかかり、その衝撃で空気が揺れ動く。ミアの魔術によってできた水溜りが跳ね上がり、湯気が球状に散らばる。得物の接触部分から火花が舞い、将軍は俺をさらに力で押し退けた。


「ぐぁっ!」

「カイト!」


 ミアは叫び、再度魔術を展開した。


 ――ゴォオオオオッ!


 今度は炎魔法だ。巨大な火柱が将軍の足元から上がり、彼を包み込む。

 その熱風は森林全体へと伝わり、野営地周辺の緑を焼け焦がす。


 山火事さながらの強力な魔術。

 しかし、その炎に焼かれても、将軍は息も乱さずにその場へ佇んでいた。


「このような魔法を使っても我輩は倒せんぞ! 魔術師よ!」


 やがて炎が消えていく。

 そして将軍は気付いた。


「いや……ヤツの狙いはこれか……!」


 シュードキベレは大量の湯気に囲まれていた。彼の目に勇者たちの姿は映らない。


 ミアが最初に水魔法を放ったのはこの湯気の素となる水を散布するため。そして炎魔法で将軍を焼くフリをして地表を温める。こうして彼の視界を潰すための大量の湯気が形成されたのだ。


「湯気が消えないな……風魔法と水魔法で調節しているのか!」


 ミアは教団最強の魔術師。高い技術が必要ない魔術なら、同時に発動することも可能だ。水魔法で湯気をさらに生産し、風魔法でそれが飛散しないよう調節している。

 これにより将軍の索敵手段は限られていた。視覚は潰され、嗅覚も焦げた臭いや電撃によって生成されたオゾンの臭いが周囲を漂っているため使えない。

 将軍にできるのは、耳を澄ませて敵の足音を探ることだけだった。


 この状況が将軍を焦らせる。

 彼らは想像以上に厄介だ――と。


 そして――


 ――ザッ!


 その音を聞き取ると同時に、将軍は駆けていた。

 そこに敵がいる――そして、それは魔術師の足音に酷似していたのを思い出す。


「そこだっ!」


 将軍は湯気の塊の中から抜け出した。

 目の前には魔術師ミア。風魔法と水魔法を操っている。

 雷爪狼は爪に電撃を纏わせ、大きくそれを振りかぶった。


 しかしこのとき、将軍は大きな過ちを犯していた。


 彼の死角に斬撃を解き放つ寸前の俺が構えていたことに気付いていなかったのだ。

 ミアはあくまで囮。わざと足音を鳴らさせ、将軍が飛び出す瞬間を狙ってエクスカリバーが魔力を解き放つ。


「いけええええ!」


 ――ドスッ!


 雷爪がミアに振り下ろされる瞬間、シュードキベレ将軍の首は斬撃によって刎ね飛んだのだ。

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