第6章 触手の奇襲
30匹目 【勇者編】アルースク平原防衛戦
「それで、魔族どもの動向は?」
「ハッ! 現在、魔族の主力遠征部隊はアルースク平原南部に集結中です! 数は確認できただけでも1000以上、これから増加すると思われます!」
広大なアルースク平原。
その北部には帝国軍の防衛上重要な砦が配置されている。高さ数十メートルの壁が広範囲に渡って建設され、大砲やバリスタが平原の中央に向けられていた。
俺たち――勇者である俺と、魔術師ミア――は『アルースク平原に魔族の遠征部隊が接近している』という情報を耳にした。
魔王を討伐する旅の途中、俺たちはアルースクの帝国軍砦に駆け付けて防衛軍に加勢するよう、皇帝から命令が出たのだ。
「ようこそ、勇者カイト様、それと魔術師ミア様。歓迎いたします」
砦の手前に到着すると、格調高い軍服を纏った指揮官が俺たちを出迎えた。周囲には多くの騎士が整列し、人間の壁となって部外者の侵入を拒んでいる。
「皇帝陛下からの伝令は伺っております。勇者であるあなたと、教団最強の魔術師であるミア様が加勢してくれるとは、何とも心強い」
「それで、俺たちは何をすればいいんだ?」
「詳しい状況は砦の司令室でお話しましょう。ささ、どうぞ中にお入りください」
* * *
「では、現在の敵の様子についてお話しましょう」
砦内部の土壁によって囲まれた司令室。
指揮官の男は部屋の中央にあるテーブルの上に、アルースク平原の地図を広げた。その南部に、赤いインクで×印が記入されている。
「この×の部分に、現在魔族の遠征部隊が集結中なのです。数は昨日の夜から増え続け、現在は1500を突破しました」
「部隊を率いているのは誰だ?」
「シュードキベレという
シュードキベレはその爪や牙を使った接近戦が得意だと言われている。もし対峙することになれば、苦戦することを覚悟した方がいいだろう。
「敵にはどういう兵力がいる?」
「はい。高さ10メートル級の《ストライカー・ゴーレム》が20体ほど。おそらく、召喚士ギルダが傀儡の術で作ったのでしょう。彼は遠征部隊の中に不在のようですが」
「まずは、それで砦を破壊してくるつもりか」
召喚士ギルダ――魔王軍幹部の中で、トップクラスの強さを誇る魔術師だ。生物・無生物関係なく自分の手駒にできる《
そして《ストライカー・ゴーレム》――労働など様々な用途で製造される『土の巨人』ゴーレムだが、戦闘に特化したものをこのように呼ぶ。拳やつま先に攻撃の威力を上げるための鉄爪が使用されており、最近は肩の部分にバリスタが設置されたタイプも確認された。
今回の遠征部隊に随行しているこのゴーレムたちは、ギルダが土人形に傀儡の術をかけて作られたものだろう。
魔族との戦闘の中で、こうしたゴーレムを先行させて敵の陣形を崩してくるのは常套手段だった。これで砦を破壊し、多くの兵士が瓦礫の下敷きになったところで、別動隊が追い討ちをかけてくるのだ。
「それと、上空からの攻撃も油断できません。我々の偵察部隊が飛翔能力に優れたハイブリッドドラゴンも多数確認しました」
「噂のモンスター・デベロッパーが作ったヤツか……!」
「確か、その魔術師の名前は――」
「カジ・グレイハーベスト――オルネスの命を奪ったかもしれない魔術師だ!」
「カイト……」
モンスター・デベロッパー――モンスターの素材を合成して新たなモンスターを作り出す魔術師のことを指す。
最近、そうした魔術師が魔王軍幹部に昇進したという噂を耳にした。彼の名前はカジ・グレイハーベスト。
噂によると、彼はかなりのサイコパスで、ゲテモノ趣味らしい。魔王城の中に研究所を持っていて、そこへ人間の死体を大量に隠しているという噂も耳にした。きっと、どこまでも冷酷で残忍な性格なのだろう。
現在、帝国軍内部からはそこまで危険視されていないが、今後注意レベルが上昇する可能性を十分に秘めている男だ。
――そして、俺たちはヤツに因縁を抱えている。
俺たちは、彼があの泣章魚を合成した人物ではないかと疑っているのだ。
彼の合成した泣章魚は、かつて仲間だった格闘家――オルネスを湖の底へ沈めた。
「いつか、お前の
「そうですね……カイト」
俺はその場で拳を硬く握り、怒りに震えた。
この感情は、ミアも同じだったと思う。
* * *
――その日の深夜。
「ふんっ! ふんっ!」
俺は
周辺には自分以外にも兵士が巡回しており、魔族の奇襲を警戒している。そんな彼らは俺のことを見て「修行熱心だねぇ」とか「期待してるぜ、勇者殿!」なんて声をかけてきた。
俺は彼らに笑顔で返事をするも、あることが頭を離れない。
――カジ・グレイハーベスト……一体、どんな人物なんだ?
こうして修行をしている間も、仲間の
おそらく、あの泣章魚は合成されたモンスターで間違いないだろう。しかし、あのモンスターを合成して、野に放った理由が分からない。
確かに、魔法への耐久や猛毒といった攻撃手段は恐ろしい。それなのに、なぜ戦場へ送り出さず、辺境の集落周辺をうろつかせていたのだろうか。あのような場所を攻撃しても、魔族にとってあまり利益はない。
もしかすると、彼はただ単に村人が貧窮する様子を楽しみたかったのかもしれない。もしくは、ただ単に気色悪いモンスターを作り出しては楽しんでいるのか。
彼はゲテモノ趣味のサイコパスだ。そのような行動に出ても不思議ではない。
それとも、まだ別に目的が――
そのとき――
ドォォン!
後方から突然の轟音。熱風。そして閃光。吹き飛ぶ兵士たち。飛散する大砲の部品――。
その光景は、砦の頂上で大規模な爆発が起きていたことを示していた。
「な、何だ!?」
砦の頂上に配備されていた大砲――その周辺に箱詰めされていた大砲の弾が爆発したのだ。爆心地近くにいた兵士は爆風で体がバラバラになり、周辺には肉片らしき紅の塊が飛び散っている。
「まさか……敵襲なのか!?」
* * *
このとき、俺は気付いていなかった。
俺の遥か上空――夜空の星に同化した敵が潜伏しているのを――。
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