31匹目 【勇者編】銀色の流星

 爆発の炎は巡回中だった兵士を吹き飛ばし、大砲も破壊する。その場は一瞬で火の海となり、現場は騒然となった。

 俺は運よく炎を免れたが、この爆発で多くの兵士が死傷し、砦の兵器も多数破壊されただろう。


「消火しろ! 水魔法が使える魔術師は早く来い!」

「誰か! こいつを医務室に運ぶのを手伝ってくれ! まだ息がある!」

「爆発の原因は何だ!? 誰かが弾薬に引火させたのか!?」


 現場には多くの兵士が駆け付け、消火と救助活動が始まる。


 そして――


 カン! カン! カン!


「敵襲! 敵襲!」


 けたたましい警鐘が砦全体に鳴り響き、この爆発が敵の攻撃によるものであると伝えられる。


 ――敵襲だと? 一体どこから!?


 そのとき、俺は不意に殺意を感じて星空を見上げた。

 爆発によって昇っていく黒煙の向こう――その先、銀色に輝く星の群れ。


 その中に敵がいたのだ。


「あれは……ドラゴンなのか!?」


 銀色の飛竜――鱗が反射する白銀の光が星空と一体化し、警戒していた兵士も、誰も気付かなかった。ヤツの鋭い目が俺たちを見つめ、口から炎が漏れている。

 ヤツがこの爆発を引き起こした張本人だろう。


 そして――


 ドォォォオオン!


 第二射。

 再びドラゴンは火炎放射を行った。

 遥か上空からの炎ブレスは火球となって砦に落下し、今度は火薬樽へと命中する。


「ぎゃあああああっ!」

「熱い! 熱いいいい!」


 熱気と爆風が砦を包み込み、燃え上がる兵士たち。爆風に煽られ、砦頂上から落下する者もいた。


「くそっ! どうにかしたいが……あの高さじゃ……!」


 エクスカリバーから放たれる斬撃を当てようにも、ドラゴンまでの距離がありすぎる。魔法攻撃や対空砲火も命中範囲を超えているだろう。矢を放つ兵士もいたが、当たる寸前で回避され、逆にブレスを撃ち込まれた。

 そもそも、あのドラゴンの炎ブレスが驚異的なのだ。飛翔能力に優れたワイバーン種のドラゴンよりも圧倒的に炎が高温で、長距離まで攻撃できる。炎の性質は、飛翔能力の低いニーズヘッグ種と呼ばれるドラゴンに近い。


「これが……ハイブリッド・ワイバーンか!」


 モンスター・デベロッパーによって生み出された混合種。おそらく、あのドラゴンもカジ・グレイハーベストという魔術師が合成したものだろう。ワイバーン種とニーズヘッグ種の長所を受け継いでいる。


「どこまでも、俺たちを苦しめやがって!」


 泣章魚、銀色の飛竜――俺たちへ牙を向けるモンスターを合成した魔術師に対し、怒りが湧き起こる。俺はヤツにどこまでも翻弄されている気がした。


 それよりも、今はドラゴンの攻撃から身を守ることが最優先だった。銀色の竜は次々とブレスを放ち、砦の頂上を炎の海へと変化させていく。

 もうここにある兵器を使って砦を守ることは不可能だった。対空兵器であるバリスタも燃やされた。兵士が放った矢も、あのドラゴンは高い飛翔能力で身軽にかわす。昇る黒煙に紛れ、星空の光に紛れ、兵士たちの狙いも定まらない。


「ここにある兵器は破棄するんだ! 兵士は全員、屋内へ戻れ! 上にいるドラゴンに消されるぞ!」


 その号令が兵士の耳に届くと、みんな一斉に砦内部へと避難していった。


     * * *


「カイト! 無事だったんですね!」

「ああ! どうにかな! でも、砦の兵器の多くが破壊されちまった!」


 敵襲によって砦の人員が慌しく動く中、俺とミアは廊下でどうにか合流できた。砦の内部は時折揺れが襲い、未だにドラゴンの攻撃が続いていることを示している。


「これじゃ、砦の中腹にある大砲やバリスタしか使えないだろう……」

「魔族は先制攻撃して砦の戦力を遠くから大幅にダウンさせる作戦だったのでしょう。でも、どうして誰も飛竜の接近に気付かなかったのかしら?」

「あのドラゴン――高度といい、火力といい、普通じゃない! こっちが気付く前に、遠くから攻撃してきたんだよ!」


 これまで、あのようなドラゴンが存在するとは聞いたことがない。モンスター図鑑にも登録されていないし、飛竜が投入された戦闘でもあの個体は確認されていない。

 魔族は戦況を変える切り札として、新たに投入してきたのだ。


「――それより、カイト?」

「どうした?」

「司令官から、ワタシたちに命令が出ました」

「俺たちは何をすればいい?」

「『敵の背後から、司令塔であるシュードキベレ将軍を討て。エクスカリバーならそれが可能なはずだ』――ですって。それができれば、敵は進行状況に関係なく撤退せざるを得ないはずです」







     * * *


 ――その頃、俺から見えないところでも敵の作戦は進行していた。


 アルースク平原南部の森林。

 そこに潜む大勢の魔族。彼らはドラゴンによって炎上する砦を見つめていた。


「さすが、あの坊主の最高傑作のドラゴンだ」

「その坊主とはカジのことか? 族長よ」

「ああ。あのドラゴンはヤツから引き受けたんだ。名前は『ファング』と言うらしい」


 族長と呼ばれる高齢の豚鬼オークは双眼鏡をポケットにしまい、隣に佇む半人半狼ワーウルフのシュードキベレ将軍を横目で見つめる。


「で、どうするんだ、将軍? これで帝国軍の戦力は大幅に下がったはずだが」

「よし、ストライカー・ゴーレムを全て出撃させる。飛竜騎士団は上空から援護しろ。その指揮はお前に任せるぞ、族長」

「やれやれ、軍人なんかそろそろ引退したいんだがね」


 族長は森林奥の、仲間を待機させている広場へ足を進める。

 そこには次の指示を待つ豚鬼オークと飛竜たちの姿があった。族長は大きく息を吸い込むと、地を揺るがすほどの大声で彼らへ作戦を伝える。


「よし、聞け野郎ども! 今からゴーレムどもが進撃を開始する! 俺らはそれが砦に到達できるよう上空から援護するんだ!」


 族長の命令を聞いた豚鬼オークたちは一斉に飛竜へと乗り込み、砦上空に向けて飛び立った。

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