29匹目 全てのヒントは

「はぁー……ヤバイ……」


 僕は研究所に気力を振り絞って戻ってきた。


 パラサイト・ニードルの卵を飲む込んでしまったシュードキベレ将軍。

 一体、彼は今後どうなってしまうのだろう?


 彼だけじゃない。僕の今後も憂鬱だ。

 パラサイト・ニードルによって将軍が死亡したとなれば、僕は確実に処罰を受ける。軽くて死刑、悪くても死刑。僕は絶対に殺される。

 今のうちに遺書でも作成しておくべきだろうか……。







     * * *


 ――その日の深夜。

 僕は研究所の仮眠用ベッドに潜って震えていた。歯がガチガチと鳴り、心臓の鼓動が高まる。

 今後の不安が頭から離れない。こんなことを相談できる人物もいない。

 これまで様々な修羅場を潜り抜けてきた僕だが、今回の状況はマジでヤバイ。


「はぁー……どうしよ……」


 そのとき――


「はぁい、カジ? まだ起きてる?」


 夜の闇に包まれた研究室に誰かが入ってくる。

 豊満な胸に、妖艶な声――ルーシー姐さんだ。


 僕はベッドで上半身だけを起こし、机上のランプに炎魔法で灯りを点けた。ほんのりとしたオレンジ色の明かりが僕らを照らす。


「あぁ、ルーシー姐さんですか? どうしてここに?」

「ねぇねぇ、聞いてよぉ」


 普段から艶かしい姐さんの声が、今は怒りが篭っているように感じる。眉間にも少しだけしわが寄り、不機嫌な表情が読み取れた。

 姐さんはけっこう心が広い方だが、何かあったのだろうか?


「さっき、遠征に行く兵隊さんたちの宴会が終わったんだけどぉ……」

「はい……」

「それが終わったら、将軍と一緒に約束があったのよぉ」

「は、はぁ……」


 姐さんにはこういうところがある。現在、城に勤める兵士のほとんどが彼女と関係を持っているという噂だ。

 僕も例外ではないが。


「なのに、彼ったら『急に気が変わった』とか言い出して、アタシを放置したのぉ! こんなの許せないでしょ!?」

「あ……ああ……なるほど……」


 これはおそらくシュードキベレ将軍の体内で孵化したパラサイト・ニードルの影響だろう。触手が体内に張り付き、男性の快楽物質を流しているのだ。

 パラサイト・ニードルにはアスモデウス・プラントという快楽物質を含む植物系モンスター素材が合成されている。その快楽物質を浴びると男性は性的欲求が解消され、性欲を押さえ込む。


 今回流し込まれた快楽物質によって、シュードキベレ将軍の脳は『性的欲求が満たされた』と勘違いをしたのだ。その結果、姐さんとの深夜を断ったのだろう。


 ――まさか、ルーシー姐さんまで被害を受けるとは……。


「それで、僕のところへ来たのは何故?」

「そのを、あなたにしてもらおうかな――って」

「えぇ……?」


 姐さんは黒い衣装を瞬時にどこかへ脱ぎ捨てると、そのまま僕と同じベッドに入り込む。


 ――どうやら、姐さんは本気らしい。


「どうして……僕なんかのところに?」

「あら? あなたはアタシのこと、嫌い?」

「……そういう聞き方、ずるくないですか? 『嫌い』とは言えませんし……」

「あなた、女の子みたいなことを言うのね」


 姐さんは僕の耳元でくすくすと笑う。


 こんな感じで姐さんとの深夜が始まったのである。











     * * *


 ――翌朝。


「――ん?」

「おはよう、カジ」


 目が覚めると、僕はベッドでルーシー姐さんに背後から抱き付かれた状態だった。

 窓から差し込む陽光が眩しい。

 姐さんはニコニコしながら僕の寝起き顔を覗き込む。


「どう? 久々にこういうことできて楽しかったでしょ?」

「『楽しむ』……ですか」

「そうよ? こういうことは実際に五感で楽しまなきゃ。まぁ、視覚とかだけでも楽しいって言う人もいるけどね」


 新魔王のおっさんが言っていたヒント――『触手』・『体』・『纏う』そして『楽しむ』。姐さんとの会話の中でその言葉を思い出す。

 やはり、性欲解消は楽しいものでなければならないのだろうか?

 ただ性欲を奪われるなんて、あんまり楽しくはないかもしれない。


 それにしても気になるのは――おっさんが同じ異世界人の異性に興味を示さなかったことだ。

 普通どんな生物でも同族の異性が目の前に現れたら性的興味を惹かれ、生殖活動に持ち込もうとするだろう。しかし、おっさんにはそうした反応が見られなかった。


「ルーシー姐さん?」

「なぁに?」

「姐さんは、よく豚鬼オークとか巨鬼トロルとか、異種族同士で楽しんでいるみたいですけど、異種族同士で行うが好きなんですか?」

「まぁ、嫌いじゃなかったらしてないわよね」

「それは、相手の男性も同じだったりします?」

「お客さんの中にはそういう人もいるわよ? そんなこと聞いてどうするの?」

「ちょっと、気になることがあって……」


 僕がこんなことを尋ねたのには理由がある。


 もしかすると、あのおっさんは異種族同士での交配を目的としているのかもしれない――そう考えたのだ。


 狭い環境で暮らす民族は、自分たちの遺伝子の安定化が必要となる。狭い地域内で生活していると近親交配となる確率が高くなり、遺伝的な病を患いやすい。

 それを防ぐために、おっさんは別の種族からも遺伝子を取り入れようとしているのではないだろうか。


 ――もしくはただの異種族好きという性癖かもしれないが。


「どうしたのよ、真剣な顔しちゃって」

「あ、いえ。つい仕事のことを……」

「もう、そんなんじゃ女に嫌われるわよ? こういうときくらいはパートナーのことを考えないと!」

「そうですよね……」

「分かったのならよろしい。それにしても――」


 姐さんはそう言うと、さらに僕を強く抱きしめてきた。


「あなたの体……今日はこの前みたいな芳醇な香りがしないのね」

「あ、ああ……前回はシャワーとかを浴びるのをサボってましたから」


 姐さんが言っている『この前』とは、僕が倒れたときのことを指しているのだろう。彼女は僕を膝枕し、看病してくれた。

 当時はシャワーなどの身だしなみを整えることをすっぽかして仕事に没頭していたので体臭がかなり酷かったはずだ。


「アタシ、前みたいな匂いがあった方が好きなのにぃ」

「それ、姐さんの好みでしょ?」

「『フェチ』ってヤツかしらね。他人には理解できないけど、自分にとってはかなり刺激されるのよ」

「異種族間異性交友に……体臭フェチ……ですか。随分と姐さんは性的趣向が――」


 その言葉を言いかけたところで、僕は気付いた。


 触手。

 モンスター。

 体。

 纏う。

 楽しむ。

 ――そして、視覚・異種族間異性交友・フェチ。


「まさか――」

「どうしたの、カジ?」

「いや、そんな……そんなこと……本当に……するのか?」


 僕の脳内で全ての言葉が繋がった。


 ――この考えが正しければ、おっさんはかなりヤバイことに性的趣向を持つことになる。


 僕は気付いてしまったのだ。

 おっさんの常軌を脱した『狂気』とも言える趣向に。


 異世界人からすればそれは普通なことなのかもしれない。

 でも僕らから見れば、それはどうかしていた。

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