26匹目 異世界の少女たち
「お、おい! 何だアレは!?」
「し、触手です」
グリード・モンキーの腹部から出てきたのは、何本もの触手だった。腹部を突き破り、一斉に体外へ飛び出す。無残にもサルたちは白目を剥いて倒れ、腹に赤黒い巨大な穴を覗かせていた。
飛び出したモンスターは黒い甲殻に覆われ、触手の先端は針のように尖っている。それが獣の体内を引き裂き、体外への突破口を作ったのだろう。そのフォルムはテンタクルそっくりだが、口や触手などの歯や爪がそれ以上の攻撃性を示していた。
まずい! まずいぞ、これは!
おそらく、合成素材として使用した寄生バチのモンスターである《パラサイト・ホーネット》の形質が強すぎたのだ。
このモンスターは獲物の体内で孵化し、宿主の体を貪り食らう。やがて体表に黒い甲殻が形成されていき、爪や針を使って体外に飛び出す。
僕が合成したモンスターにも、似たようなことが起こっているのだ。
モンキーの体内で成長した彼らは、甲殻を纏った触手で宿主を殺害した。
体外に出た彼らは暴れることもなく、モンキーの死体の傍で佇んでいる。自分たちの
問題なのは、それが
「まさか、貴様! アレの卵を魔王様に食わせるつもりだったのではないだろうな?」
「ち、違います! 断じて違います! 実験に失敗したからこうなったのであって、僕の予想では何も起きずに性欲だけが解消されるはずでした!」
「本当か?」
「はい!」
ギルダが僕を睨む。
こんなグロテスクな光景をギルダとおっさんに見せてしまったのは本当にヤバイと思う。
僕が『新魔王暗殺を目論んだ』と考えているに違いない。
ああ、終わったな、僕の人生。
僕がそんなことを思っていると、ギルダは車椅子で佇む魔王に話しかける。異世界の言語で喋っており、僕には何と言っているのか理解できないが。
「オイ、オマエガノゾンデイルノハ、コウイウホウホウカ? コタエロ!」
「チガウ」
「チガウ? ダト?」
「ショクシュ……カラダ……マトウ……タノシム」
ギルダもおっさんの意思を読み取るのに精一杯なのだろう。彼は手元に『国語辞典・小学生用』を広げ、新たに出てきた単語の意味を調べた。
「どうやら、貴様が行っている方法は『違う』らしい」
「えぇ?」
「それと『触手』『体』『纏う』の他にも『楽しむ』と述べている」
「今度は『楽しむ』ですか?」
また新たなヒントが出てきたよ。
どうなってんだよ、僕たちの魔王は。
意思疎通もうまくできないのに、どうしてそんなヤツが王に君臨してるんだよ?
「お前にはまた別の手段を性欲解消方法を模索してもらう」
「えぇ?」
「魔王様がこの世界での生活に慣れるために必要なのだ」
「というかですね――」
あまりにも先が見えない依頼に、僕は思っていたことを口に出した。
「別の異世界人を召喚して、その人物に性欲解消させればいいじゃないですか?」
これが、僕が前々から考えていたことだ。
わざわざ僕らがそんなことをやる必要はない。異世界人のことは異世界人が一番詳しいはず。ならばもう一人異世界人を召喚し、その人物にやらせればいい。
「ああ。我々も同じことを考えたよ。だが――」
僕の提案に対し、ギルダはこう言った。
「これまで数人の異世界人を召喚したが、皆、性欲を解消させることはできなかった」
「えっ」
初めて知る事実。
ギルダはおっさん以外にも異世界人を呼び寄せていたらしい。ギルダも独自で性欲解消方法を模索していたようだが、僕と同じように失敗していたのだ。
「召喚した異世界人を見たいか? カジよ」
「はい。興味はありますね」
「付いて来い。今、ヤツらは牢屋に閉じ込めている」
ギルダはそう言うと、研究所を出て地下牢へ向かい始めた。
* * *
「あれが魔王様以外の異世界人だ」
「あの人たちが?」
鉄柵の向こうにある狭い部屋には、5人分の人影が見える。僕とギルダは柵の前に立ち、彼らの様子を窺った。
「異世界人の若いメス。こいつらは『ジョシコウセイ』と呼ばれているらしい」
そこにいたのは、一糸纏わぬ姿の少女たちだった。全員、石畳に座り、俯いたまま言葉も発しない。
おっさんのように傀儡の術はかけられていないようだ。しかし、その様子にはまるで生気を感じられなかった。
「こいつらに魔王様の性欲解消を
僕は少女たちの体の特徴を観察した。
全員黒髪で、背丈は小さめ。この世界の人間と外見的な特徴はあまり大差ない。
それよりも僕が気になったのは――
「この少女たち、打撲痕がたくさんありますけど?」
「ああ。少々手荒な方法で言うことを聞かせたからな。それでもこいつらは魔王様の性欲解消に失敗した。今は、まだ使い道があるかどうかを見極めるためにここへ閉じ込めている」
「そう、ですか」
僕は鉄柵近くに座っていた少女の顔を眺めた。
凛とした顔立ちに、大きな瞳。その近くに涙の流れた跡がある。
かつて新魔王召喚前にギルダは『異世界には我々の想像を超えるような存在がいるのです』と言っていた。しかし、目の前にいる少女たちはあまりにも無力に感じられる。傀儡の術もなしに物事を強要できるとなると、本当は異世界人に大した力なんてないのかもしれない。
ギルダもそれを知っていて、彼女たちの召喚に踏み切ったのではないだろうか。
突然、何の前触れもなく召喚された少女たち。
日常から切り離され、暴行され、閉じ込められた。その悲しみは計り知れない。
今の僕には、彼女たちに同情の目を向けることしかできなかった。
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