27匹目 貯蔵庫の干し肉
結局、性欲解消方法の模索に失敗しても、僕が処罰を受けることはなかった。
まだ僕に研究を続けさせるために、敢えて罰することを控えたのだろう。
それと、僕は今回不運にも生まれてしまった触手生物に《パラサイト・ニードル》という名前を付けた。
他の生物の体内に寄生し、触手の棘で腹を切り裂いて飛び出す――本当に恐ろしいモンスターだった。
あの実験をしないまま卵を魔王に食べさせていたらと思うとゾッとする。
ああ、本当に実験って大切だな……。
* * *
――その日の夜。
僕は特設牢に散らばったグリード・モンキーたちの死骸を掃除し、ギルダたちによって破壊されたドアの修理を終えると、すぐにベッドで横になった。
研究の失敗。
おっさんからの新たなヒント。
異世界召喚された少女たち。
この日だけで、色々なことがあったと思う。僕は肉体的にも精神的にも疲れてしまった。
ベッドに仰向けの状態で数秒も経つと眠気が襲ってくる。僕はウトウトしながら、ぼんやりと天井を見つめていた。
そのとき――
バァン!
研究所のドアが勢いよく吹き飛び、再び床へ伏した。
僕はその衝撃音で飛び起き、研究所の玄関を見つめる。
――っていうか、またドアが壊れたよ! 今度は誰は吹き飛ばしやがった!?
「――先輩!」
「え……お前……」
研究所の入ってきたのは、酒場で働いているはずの後輩――ニルニィだった。いつもの白衣は着用せず、代わりにエプロンをひらひらとさせている。
まだ酒場での労働期間のはずだ。どうして急に訪ねてきたのだろう?
「ああ、よかった、先輩! いたんですね!」
「よくねぇよ。また扉を壊しやがって……」
「そんなことよりも先輩! 緊急事態なんです!」
「……何だよ?」
「実は――」
ニルニィの話をまとめると『酒場の食材が不足している』ということらしい。
帝国騎士団討伐のために明日から遠征する兵士たちが酒場に入り、決起集会を開いているようだ。勝利を祈願して兵士がそうした宴会を開くことは珍しくない。
ただ今回はその人数が多く、
ルーシー姐さんもあちこちから食材を調達したが、それでも不足気味だと言う。
僕はその話を「そう言えば、明日遠征があったなぁ」なんて思いながら聞いていた。
「――そこで、この研究所の貯蔵庫からも食材を調達したいんです!」
「なるほどなぁ。まぁ、いいよ。持っていけ」
「ありがとうございます! 先輩!」
研究所にも貯蔵庫があり、僕や実験動物の食料を保管している。
正直僕が食べる分の食材が消えてしまう不安はあったが、ニルニィが一生懸命働いている姿を邪魔したくなかった。僕も活き活きと働くニルニィを見るのは嬉しかったし、快く彼女の話を受け入れたのだ。
「じゃあ、つまみになりそうなものを貯蔵庫から適当に見つけてくれ」
「分かりました!」
僕は再びベッドで横になり、目を閉じた。
壊れたドアの修理は……まぁ、明日でいいか。
とにかく僕は疲れていたのだ。
耳を澄ませると、ニルニィが鼻歌を歌いながら貯蔵庫へ向かっていく足音が聞こえる。狭い研究所内では聴覚だけでも誰がどこで何をしているか分かるのだ。
「ふんふ~ん」
きっと久々に僕と会えたのが嬉しかったのだろう。足音からして彼女はスキップしているらしい。
「え~っとぉ、ロイヤルサーモンの燻製に~、アバドンポテトにぃ~」
ニルニィは貯蔵庫の扉を開いて酒場に持っていく食材を品定めをしている。
――おいおい、ロイヤルサーモンは僕が明日食べようと思ってたのに……まぁ、いいか……。
「え~っと、あとは……あっ、干し肉もあるじゃないですか!」
――ん? 干し肉?
――そんなもの、貯蔵庫に入れてたかなぁ?
僕は眠気で朦朧とする意識の中、彼女が発した言葉の意味を考える。
――そうだ。この前干し肉は市場で購入したんだった。
――でも、どういう理由で購入したんだっけ?
――僕が食べるわけでもないのに……。
――あ、違う。僕じゃなくて、実験動物用の肉だった。
――合成した卵を飲ませるために、それに混ぜ込んだんだっけ……。
――あれ?
――そういえば、卵を混ぜた肉はまだ余ってた気がする。
――まったく、あんなもの食べたら大変だよ。
――腹からパラサイト・ニードルが飛び出てくる。
――え?
――まさか、ニルニィが貯蔵庫で見つけた干し肉って……?
「あああああああああああああああああああああああああああっ!」
僕は絶叫しながら飛び起きた。恐怖で一気に眠気が吹き飛び、意識が覚醒する。
「ニルニィ! その干し肉は持っていくなあああっ!」
僕は貯蔵庫に向かって声を上げた。
しかし、彼女はもうそこにいない。僕がウトウトしている間に酒場へ戻ってしまったようだ。案の定、貯蔵庫から干し肉は消えている。
そうだ。確かにあの干し肉はパラサイト・ニードルの卵を混ぜ込んだまま、余ったので貯蔵庫に放置していたものだ。
最近この研究所は僕一人しか使用していなかったため、食品の管理が少し乱れていたのだ。こんなことなら『取り扱い注意』などのラベルなどを貼っておくべきだった。
「ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ! あんなもの、酒場で提供したら――」
きっと、兵士の腹からパラサイト・ニードルが生まれてくる。
「あああっ! くそぉ! 間に合ってくれぇ!」
僕は走った。全速力で。酒場に向かって。干し肉を追いかけて。
誰かの口に入らないことを祈りながら――。
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