25匹目 パラサイト・テンタクル
「ダメだ! 次!」
僕は触手生物の合成作業を深夜まで続けていた。
「これも違う! 次!」
運びこまれた素材を魔法陣の上に積み、連続で合成魔術を発動させる。
「またダメだ! 次!」
しかし、なかなか満足のいくものができ上がらない。
僕が目指している触手は、人間に寄生して性欲を消し去る能力があるものだ。
それを魔王のおっさんに寄生させ、性欲解消に役立てる。それが現在の目標だ。
どうやって性欲を消し去るのかを考えた結果、触手をおっさんの体内に侵入させ、神経やホルモンを刺激することでそれを実行することにした。
おっさんは『触手』を『体』に『纏う』と発言していたが、おそらく向こうの世界には触手を纏うだけで人間の性欲を奪えるモンスターがいるのだろう。
しかし、この世界にはそれが可能なモンスターは存在しない。
だから、僕が似たようなモンスターを作るしかないのだ。完璧なまでに似なくても、ある程度能力が再現できればそれでいい。
まず、その触手が体内に潜り込める特性を付ける。
異世界に存在する触手は纏うだけで性欲を消せるらしいが、この世界ではさすがに無理だ。どうやっても体表からではコントロールできない。
そこで、僕は体内に潜り込んで直接性欲を制御するという手段に出た。体内に寄生し、男性の快楽物質を放出して脳に『性欲が解消した』と認識させる。
そして、そのためには人体に入れるほどの小さいサイズにする必要があった。
僕は魔法陣に情報を入力し、卵の状態で合成されるようにプログラムする。
小さな卵の状態で飲み込み、体内で孵化して能力を発揮する、というのが僕の描いたプロセスだ。
そして、テンタクル以外にも様々なモンスター素材を合成に使用した。
《パラサイト・ホーネット》
寄生バチのモンスターだ。他のモンスターの体内に産卵し、孵化した幼虫はそのモンスターを食べて成長する。
この攻撃的なモンスターを合成素材として使用することに不安はあったが、体内でも活動可能なモンスターを目指すために、この特性は不可欠だった。
そして、もう1種類。
《アスモデウス・プラント》
植物系のモンスターだ。その果肉には男性の性欲解消時に生産される快楽物質が大量に含まれている。この果実を霊長類のモンスターに食べさせることで快楽を与え、種をモンスターによって遠くまで運ばせるのだ。
これを合成素材とすることで、快楽物質を体内に流し込み、男性の性欲を抑えることを狙った。
僕はこうした素材の分量を変更しながら、次々と合成した。
* * *
作業を開始して数時間後。
「よし、まず第1号!」
ようやく完成形と言える卵が完成した。
魔法陣の中央に白煙とともに現れたのは、豆粒サイズの小さな卵だ。これを飲み込むと体内で孵化し、神経に快楽物質を流し込んで『性欲解消した』と脳に認識させる。
僕の計算が正しいならば、思い描いたとおりに性欲解消してくれるはずだ。
しかし、研究者たる者、実験を疎かにしてはならない。実験を重ね、本当にこの合成モンスターが機能してくれるのか見極めなくては。
そこで、僕は同じ素材の分量で、卵を数個追加生産することにした。数体の実験動物に食わせ、その様子を見守るのだ。
* * *
翌朝。
僕は地元の猟友会から、森林で捕獲された数匹の猿型モンスターである《グリード・モンキー》を引き取った。周辺の家畜を荒らしていたものを狩猟したようだ。
その肉は筋肉質でかなり硬く、可食部位も極端に少ない。ジビエとして調理するのは難しいし、体毛も獣臭が強く加工品には不向きだ。そうした理由で猟友会が快く僕へ譲ってくれた。
「やっぱりお前さんなら引き取ってくれると思ったよ。お前さん、テンタクルといい、随分変わったものを好むからな!」
「……」
猟友会の間で、僕は『かなりの変人』として認識されているらしい。
このモンスターを引き取ったことで『ゲテモノ趣味』の噂が再燃した。
* * *
彼らを研究施設内に作られた特設牢にグリード・モンキーを閉じ込め、合成した卵を飲ませる。
数日間その経過を観察し、本当に計算どおりの効果があるのかを検証するのだ。
今の季節、グリード・モンキーは発情期にあり、卵を飲ませたオスの個体が生殖活動を行わなければ実験は成功と言える。
僕は市場で干し肉を購入し、その中に卵を埋め込んだ。それを餌として与える。
基本、こいつらは雑食性で、強いて言えばアミノ酸が多いものを好む。干し肉のような加工品すらも、食すために民家から盗むらしい。
「ほら、食えよ」
「ガルルルゥッ!」
干し肉を牢屋に投げ込むと、強欲なサルどもはガツガツとそれを食らう。これで体内に卵が入り、孵化したはずだ。
「さぁ、どうなるか見せてもらおうか」
僕は余った干し肉を研究所の貯蔵庫にしまい、彼らの様子を見守った。
* * *
数日後。
僕は特設牢の前に立ち、モンキーたちの観察を進めていた。
そのとき――
バァン!
僕の研究所のドアが吹き飛び、鎧を纏った屈強な男たちがぞろぞろと入ってくる。
というか、毎回研究所のドアが吹き飛んでいるな。
毎度毎度修理する僕の身にもなってくれ。
「おい、カジ! まだ触手モンスターは合成できないのか!?」
「ひぇ! 申し訳ありません! 現在安全確認のために実験中でして」
ギルダが直々に僕の研究室へ訪ねてきたのだ。彼の傍らには、車椅子に座っている新魔王もいる。
なかなか僕の成果が出ないことに、ギルダが痺れを切らしたのだろう。いつもの薄い笑いは消え、顔は憤怒で満ちている。
「こちらが、例の実験動物になります」
「醜い獣風情が」
「卵を飲ませてから1週間経過しましたが、今のところ交尾は確認されていません」
「そうか。それにしても――」
ギルダは僕の研究所を見渡した。
「この部屋は随分獣臭いな。以前からこの研究所には『異臭が酷くて、死体が隠されている』という噂が絶えなかったが、さらにその異臭に磨きがかかった」
「は、はぁ」
「我々と同じ職場にこんなに臭い部署があるのは我慢ならんな。少しはこの城を清潔に保とうとは思わんのか?」
うるせぇよ!
てめぇが出した依頼のせいで僕の研究所はこうなったんだよ!
と言ってやりたかったが、上司にそんなこと言えるはずがない。クソ野郎が。
そんなことを心の中で叫んでいたとき――
「おい、カジ。獣の様子がおかしいが、どうしたんだアレは?」
「え?」
僕は視線を特設牢の中に戻した。
卵を飲んだオスのモンキーがビクンビクンと痙攣しているではないか。涎を垂らし、目が虚ろな状態だ。
しかも、痙攣しているのは1匹だけではない。卵を食した全てのオスにそうした異常が現れている。
おそらく、ただの体調不良ではないだろう。何かよくないことが起きているのは確実だった。
しかも、実験成果を期待している上司の前で。
僕は慌てた。
お、おい、どうしたんだよ?
や、止めてくれよ?
もう少しで成果物として献上できるのに!
僕の体から尋常じゃない量の汗が噴出す。僕の顔は真っ青だったに違いない。
一方、ギルダは実験動物たちの様子を呆然と眺めていた。
そして――
ブジャアァッ!
オスのグリード・モンキーたちの腹から、一斉に触手が飛び出したのだった。
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