24匹目 テンタクル・スレイヤー
ニルニィが研究所を去って数日が経過した。
あれから僕は触手系モンスターの素材採取に尽力している。
新たな合成モンスターを作るためには、大量の素材確保が必須だ。ある程度合成に失敗して目的に沿わないモンスターまで誕生することも考慮すると、必要となる素材の量は膨大になるだろう。
それに加え、触手系モンスターの素材確保には大きな問題があった。
それは――
「おじさん、触手系モンスターの素材って店頭にある?」
「あぁん? ねぇよ、んなもん」
触手系モンスター素材は、滅多に市場へ出回らないのだ。
理由は簡単である。
「あんな気持ち悪いもん、買おうとするヤツの気が知れねぇよ」
「……」
――需要がない。
* * *
ドラゴン系のモンスターは硬い鱗などが武具に加工できるるため、すぐに売れる。獣系のモンスター素材だって衣服を作るために必要だ。庶民から金持まで色んな人種が買い付け、あっという間に売り切れになる。
――だが、触手系素材はどうだろう?
基本、触手系素材が売れることはない。表面がぬるぬるしてるし、掴むとぶにぶにしていて気持ち悪い。さらに見た目もグロテスクだ。こうした素材が日常生活に活かされることはないし、軍事的にも利用されることはない。
こうした理由で、触手には需要がなく、業者が市場に出さないのだ。
* * *
「あの……ここの猟友会では、討伐した触手系モンスターの素材はどうしてますか?」
「んなもん、放置に決まってるだろ! ほ・う・ち!」
野生モンスターを狩る猟友会の間でも触手は嫌われている。狩っても売れないし、外見がグロテスクでジビエとして調理されることもない。
森林には広範囲にわたって《グリーン・テンタクル》という触手系モンスターが生息しているが、あまり狩猟されず、死体も放置するのが一般的だ。
触手系モンスターは完全に世間から害虫扱いされ、使役するモンスターテイマーにも『性格が最悪』というレッテルが貼られている。そのモンスターを手元に置いているだけで周囲が粘液でベチャベチャになり、近隣へ迷惑をかけるからだ。
「あんた、魔術師なんだろ?」
「はい……」
「じゃあ、その魔法を使って自分で狩ったらどうだ? グリーン・テンタクルの駆除ならいくらでも猟友会から許可を出すぜ」
素材求めて訪ねた猟友会の猟師からそう言われた。
素材を保管していそうな場所は思いつく限り調査していたし、他に行く当てもない。猟友会が最後の望みだったのだが、それすらも砕け散った。まさかここまで素材入手に苦労することになるとは……。
どうやら猟師さんの言うとおりにするしかないらしい。
このとき、まだ僕は想像していなかった。この作業が僕の肉体と精神をごっそり削っていくことになるのを――。
* * *
それから数日、僕は他の依頼を片付けると周辺の森林に篭るようになった。理由はもちろんテンタクル狩りである。
森林を歩き回り、出会ったテンタクルを片っ端から魔術と魔導弓マスティマで討伐していく。
テンタクルは生態系ピラミッド底辺の雑魚モンスターであり、猟師も狩猟を避けるので生息数もクッソ多い。その辺を散策していれば嫌というほどエンカウントする。
テンタクルとの戦闘は簡単なものだった。普段、死肉や植物を食している彼らは攻撃手段が乏しい。4本の触手でしか攻撃してこないので、接近さえ許さなければ魔術と矢で楽に倒せる。触手自体の動きは俊敏だが本体の移動速度はカタツムリ並みに遅い。
それに加え、テンタクルは知能が低いので戦力差も考えずにバカみたいにこちらへ突っ込んでくる。討伐して目ぼしい素材を見つけるのは楽勝だった。
彼らには『仲間の誰かが攻撃されるとその敵へ集団で襲いかかる』という性質がある。これは『仲間を攻撃する敵=自分にも攻撃する可能性がある敵』という認識で集団防衛をするためだ。こうしてテンタクルは自然界での生存率を上げている。
だが今回は相手が悪い。僕は魔術と弓でヤツらを狩猟しまくった。テンタクルの集団戦闘する性質が仇となり、気が付けば周囲は死体で溢れていた。
しかしながら素材を剥ぎ取る作業がかなり面倒くさい。表面が粘液で覆われているので、作業を行う度に両手がぬるぬるする。ナイフの刃先が滑るため、うっかり指を切ってしまいそうになった。事後処理にも労力を要し、手に付着した粘液を落とすために大量の水で洗い流す必要がある。僕の体はぬるぬるとびちゃびちゃの状態に挟まれ、気が付けば風邪気味の体で作業を続行していた。
なんだこれ……ただただ面倒くさい……。
あぁ、こんなことならニルニィにこの仕事を任せるべきだった……。
* * *
こんなテンタクル狩りを続けていたら、周辺の森を管理している猟友会から変な目で見られた。『どうしてあいつは気持ち悪い素材ばかり採って帰るのだろう』と――。
この話は地域住民に広まり、面白いもの見たさで色々な人が僕を遠くから見に来るようになった。
やがて住民の誰かによって僕が魔王軍幹部であることが特定され『魔王軍の間ではゲテモノ趣味が流行っている』という噂が立った。
魔王軍の定例会議でもこの話が取り上げられ、このままでは魔王軍の品位が疑われるため噂を立てた元凶を捜すらしい。もちろん元凶は僕である。バレないかビクビクしながら会議を乗り切った。
僕は『特定』の恐さを思い知った。
* * *
そうした狩猟生活を続けた結果、僕の研究所は触手系モンスターの死体が詰まったボックスで埋まった。研究所の床面積のおよそ8割くらいはそれで占められている。
死体からは粘液が溢れ出し、害虫捕獲用粘着シートの如く床はベトベトな状態だ。
触手の素材から漂う異臭、無造作に床へ置かれた大量のボックス――『僕の研究所にはバラバラ死体が隠されている』という噂も広まった。触手の死体であることには間違いないのだが、なかなか噂は静まらない。こうした噂を放置していたら、僕はサイコパス扱いされ、研究所周辺を憲兵が見張るようになった。
だがようやく、触手の材料が揃ったのだ。
僕は研究所の実験室に素材を運び込み、合成を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます