23匹目 部下への処分

 翌日、僕は玉座の間へ呼び出された。その内容はニルニィの処分を決定するというものらしい。


「やってくれたな、カジよ」

「も、申し訳ありません!」


 僕を睨みつけるギルダ。

 そしてその横には、涎を垂らして精神が崩壊状態にある魔王様。

 そしてその前には、頭を下げて謝罪する僕。


「貴様は自分の犬に首輪を付けていないのか?」

「申し訳ありません! 僕の指導が行き届いていなかったせいです! 今後は、こんなことがないよう、ちゃんと教育しておきます!」

「ったく」


 一応、ニルニィが起こした事件についての謝罪はした。


 問題は下される処分だ。

 一体、どんな処分を下されるのだろうか?


 死者は出ていないので終身刑などの重い罪にはならないだろうが、最悪彼女は魔王軍の兵士を辞めさせられるかもしれない。


「貴様の部下への処罰は……」

「……」

「貴様に任せる」

「え?」

「『貴様に任せる』と言ったのだ。聞こえなかったのか?」


 ニルニィへの処分を全て僕に任せる?

 けっこう甘い判断だな……。


「貴様に任せた意味をよく考えることだな」

「えっ」

「ったく、あの無能なバカ共が……女一人にボッコボコにされやがって」


 ギルダが遠くを見つめながらブツブツと何かを言っている。

 彼の言う『無能なバカ共』とは、おそらく医療施設に搬送された部下のことを指しているのだろう。


 ここで、僕は処罰が甘くなった理由を何となく察した。


 ギルダは自分を取り囲む新魔王反対派に舐められるのを恐れているのだ。

 ニルニィたった一人によって多くの部下が重傷を負ったことは、自分の部下の能力の低さを示している。この事件が新魔王反対派に知られれば「力のない俺たちでもギルダを倒せる」と思い込み、彼らへの士気を向上させてしまう。力関係が激しい魔族内では尚更だ。

 つまり、彼は「判断をお前に任せるから、この事件を内密にしろ」と言いたかったのだろう。

 または「助手が消えると、新魔王の性欲解消法の発見が遅れる」ということも考慮したのかもしれない。


 とにかく、現在のギルダを取り巻く状況がニルニィへの罰を甘くしたのだ。


 あぁ、助かった。

 よかったな、ニルニィ。








     * * *


「しかしだな、ニルニィ。お前には処罰を下さなくては」

「はい……」


 研究所に戻った後、僕とニルニィは机越しに向かい合った。お互い真剣な表情で、相手の顔を見つめる。

 やはり、彼女や僕のケジメをつけるためにも、今回の事件に関する処罰はしなくてはならない。そうしないと自分たちの心が許さなかったのだ。


 今回の事件には自分たちにも落ち度があった。

 僕はニルニィに隠し事をしたり、彼女の心境に気付けなかったり、自分本位でしか行動できなかったことが悔やまれる。

 ニルニィの場合、後先考えずにギルダのところへ突っ走り、大喧嘩を起こして負傷者を何人も出してしまったことが反省点だ。

 お互い、頭を冷やさなくてはならない。


「じゃあ、僕からお前に処罰を言い渡す」

「はい……」

「お前は……」

「……」

「今すぐ荷物をまとめて、研究所ここから出て行け」

「え、もしかして、懲戒解雇ですか?」


 ニルニィの目が充血し、涙が溜まり始める。

 ずっと僕の傍にいた彼女にとって、これは重い罪だろう。


 ――これからは僕の傍にいることも、守ることもできなくなる。


 そんな考えが彼女の中に浮かんだはずだ。


 だが、僕が出した処罰は懲戒解雇などではない。


「しばらくお前を、酒場の店員として勤務することを命じる」

「えっ?」

「城の地下にあるルーシー姐さんの酒場、そこで働いてくるんだ」


 以前、ルーシー姐さんから受けていた提案。

『ニルニィをルーシー姐さんの酒場で働かせる』

 僕はそれをニルニィへの罰として採用したのだ。


 彼女についてはいずれ独り立ちさせなければならないし、極度の人見知りだって克服しなければならない。そのために、研究所よりも人間関係が多い酒場で働かせて、ニルニィを成長させようと思う。


「先輩。でも、私、そういう仕事ができるかどうか」

「大丈夫。ニルニィならできるさ。だって、ギルダの部下にも立ち向かっていったんだろ?」

「あのときは、必死で……」

「ほら、もっと勇気を持って。しばらく働いたら、また研究所ここに戻ってきていいからさ」


 僕はそう言うと、ニルニィは深く頷いて僕の顔を見上げた。


「分かりました、先輩。私、ちょっと頭を冷やしてきます」

「頑張れよ。たまには様子を見に行ってやるからな」

「はい! 行ってきます!」







     * * *


 こうして、ニルニィはしばらくの間、研究所を去ることになった。


 僕一人だけになった研究室。

 彼女が研究器具を破壊してしまう音が全く響いてこない。とても静かだった。

 そんな状況が逆に不安になる。


 つい、いつもの感覚でそのことを忘れてしまい、「ニルニィのヤツ、また遅刻か」なんて独り言を呟いてしまう。彼女は僕から追い出したのに……。


     * * *


 そんなことがあっても、僕は研究の手を休めることはできなかった。ギルダからの依頼は、まだ全然達成できていないのだ。


 いい加減、そろそろ成果を出さないと、僕の地位も怪しくなってくる。

 僕はとにかく中間報告をすることを求められていた。

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