22匹目 守りたいもの
ユーリングと屈強な男たちに連行され、僕は尋問室へぶち込まれた。
僕の傍にはウソを見抜く魔導具が配置され、数時間に及ぶ尋問を受けた。とにかく「やってない」とか「そんなこと指示していない」の一点張りで突き通す。そんな尋問が数時間も続いた。そしてようやく解放され、僕は自由となる。
ただ、その間もニルニィのことが気になって仕方なかった。
彼女はなぜこんなことをしたのだろうか。
彼女は今どこで何をしているのだろうか。
普段彼女は大人しくてふんわりしているイメージがあるだけに、今回の事件はとてもショックだった。そんなことをするようなヤツじゃないのに……。
* * *
――数日後。
ようやくニルニィに会えた場所は城の牢屋だった。彼女の解放許可が下り、僕はその迎えで訪ねたのだ。
数人の看守が彼女を囲んで睨み付けている状況の中、僕らは再会した。
柵を挟んで僕らは向かい合い、互いの顔を認識する。彼女は今にも泣きそうな顔をしており、捨てられた子犬のようにブルブルと震えていた。
「何やってんだよ……お前は!」
「……ごめんなさい」
彼女がした暴行に、怒りが湧き起こる。
ニルニィ、どうしてそんなことしちゃったんだよ!?
僕がどれだけ心配して、迷惑を被ったと思ってるんだよ!?
僕は彼女の袖を引っ張り、研究室まで連れて帰った。
その間、ニルニィはずっと俯いたままだった。
* * *
僕らは城の研究所に戻り、やっと彼女と事件について詳しく話すことができたのだ。
「おい、ニルニィ。お前、本当にギルダの部下をボコボコにしたのか?」
「はい……」
「お前、どうしてそんなことを?」
「先輩を、守りたかったんです」
僕を守りたかった?
どういうことなんだよ、ニルニィ?
「どうして、お前がそういうことをしたのか、ちゃんと話してくれるか?」
「はい……」
こうして、彼女はか細い声で事件の経緯を話し始めた。
* * *
昨日、僕がルーシー姐さんに介抱されているとき、ニルニィは研究所の玄関のすぐ近くで姐さんが退出するのを待っていたらしい。
部屋で行われている会話を盗み聞きしており、もうすぐで姐さんが退出しようとしていたとき――
『ギルダからの依頼のこと、ニルニィちゃんに伝えたの?』
ニルニィはこの言葉を聞いてしまった。
そこで、彼女は察知したのだ。
ギルダという人物が僕を過労に追い込んでいる――と。
それを知ったニルニィは、ギルダと魔王がいる玉座の間へ直行した。当然、そこには警備のために配置されたギルダの部下が数人おり、面会予定のない人物の入室を阻んでいる。
ニルニィは人見知りで彼らに対して恐怖心を感じていたが、今回だけは意を決して彼らに話しかけた。
『あの、ギルダさんに話があるんです! 通してください!』
『あぁん? 何だこのチビは』
『ギルダさんがカジ先輩にしている依頼のこと、詳しく聞きたいんです!』
どうやら、彼女はギルダに『先輩を酷使しないでほしい』ということを伝えたかったらしい。
しかし、彼女のような下っ端がギルダに面会できるわけなく、面会の申し出は拒絶された。
『あぁ、お前、あのカジとかっていう無能幹部の手下か』
『せ、先輩は無能なんかじゃありません!』
『いつまでもギルダ様からの依頼を達成できてねぇぞ? そんなヤツ、無能に決まってるだろ?』
『ち、違います! カジ先輩は……』
『とにかく、カジのような下っ端幹部の、そのまた下っ端には、面会許可は与えられないから、さっさと帰れよ!』
『通してください!』
『通さねぇよ! いい加減にしないとぶっ飛ばすぞ!』
『お願いです! 少しだけでいいんです!』
『うるせぇ! どうやら痛い目見ないと分からないようだな!』
警備していたギルダの部下がニルニィに殴りかかった。
しかし――
――ドゴォッ!
ニルニィはその攻撃を回避し、カウンターパンチを彼の
『あっ! てめぇ! やりやがったな! 許さねぇぞ!』
『ゆ、許さないのは私の方です! あれだけ先輩をバカにして、先輩は優しくて、魔術が得意で、すごい人なんです!』
『知るか! やっちまえ!』
こうして、『ニルニィ 対 ギルダの部下』という大喧嘩が始まった。
ただ、ニルニィには攻撃が一発も当たらず、彼女は無傷の状態でギルダの部下たちをボコボコにしたという。
最後、騒ぎで駆けつけた多くの兵士によってニルニィは取り押さえられた。ここでニルニィも事の重大さに気付いたらしい。
今回の事件で、ギルダの部下の多くが治療施設へ運び込まれた。
さらに事件の発生場所が玉座の周辺ということもあり、ニルニィには魔王暗殺未遂の疑いまでかけられたのだ。
そして牢屋に運び込まれ、先程の状況に至る。
* * *
「私、先輩をバカにされるのが許せなかったんです」
「ニルニィ……」
ニルニィは俯いた。
そんなことがあったのか。
そりゃ、怒る気持ちも分かるけど。
「いいか、ニルニィ? 世の中、清濁を併せ呑まないと生きていけないぞ?」
「でも……」
「お前がそうやっていつまでも子どもみたいに振舞うから、僕はお前が独り立ちできるか心配なんだよ」
「だって、先輩は、ギルダさんにキツイ仕事を任されて……いるんでしょ?」
「ああ、そうだ」
僕はもうニルニィに依頼のことを隠すのは止めた。これ以上はきっと隠し切れない。ここで彼女を抑制しないと、また大事件を引き起こすだろう。
「私、ずっと休まずに仕事をしている先輩を見ているのが耐えられなかったんです」
「……」
「このままじゃ、先輩が死んじゃうかも、って」
ニルニィは僕を抱きしめてくる。彼女の体は震え、顔は涙で濡れていた。
「私は先輩を守るために先輩の後輩になったのに、何もできなかった」
「お前、僕を守るためにこの部署に入ったのか?」
「はい。先輩は、私と初めて出会ったとき、私を連れて敵から守ってくれましたのを覚えています。だから、今度は私が先輩のことを守りたかったんです」
「ニルニィ。お前、そんな理由でこの部署に」
初めて彼女から喋ってくれた志望理由。
僕を守るために彼女は魔王軍に所属し、僕の傍へ来た――彼女はあの戦場跡のときから、僕のことをちゃんと見ていてくれていたのだ。
僕は彼女を守ろうとしていた。
それと同時に、彼女も僕のことを守ろうとしていた。
今更それを知ることになるなんて、自分の情けなさを痛感する。
ニルニィが過去を克服して、幸せになってくれればそれでよかったのに――。
それなのに、彼女は僕を守るために自分を犠牲にしていた。
僕も彼女を優しく抱きしめる。
気が付けば、僕も涙を流していた。
「ごめん、ニルニィ。気付かなくて……」
どうやら彼女には心配をかけていたらしい。
これからは彼女に心配をかけないようにしないと。
「もう僕は大丈夫。これからは気を付けるから」
「カジ先輩……」
「ありがとう、ニルニィ」
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