20匹目 ニルニィの歴史

 僕がニルニィと言葉を交わした直後である。


「偵察隊より伝言! 西の方角よりこちらに接近する帝国騎士団を確認!」


 屋外で偵察兵が叫ぶ。

 どうやら、帝国軍が様子を確認するために再度部隊を派遣したらしい。


「すでに大方調査は終了している! ここにいる兵士は拠点まで後退し、陣形を再構築せよ!」


 調査部隊全員に帰還命令が下り、仲間が外に集合し始める。

 一方、僕は目の前にいる少女を放置することができず、その場で彼女に言葉を投げかけ続けていた。


「早くしないとまた敵が戻ってくる。ここを離れよう」

「……」

「大丈夫、僕らがいれば君は安全だから」

「……」


 彼女からの返答はない。まるで魂が抜けているかのように黙り続けている。


「仕方ないな……」








     * * *


 結局、僕はニルニィを抱え上げ、強引に拠点まで連れ帰った。

 彼女は戦争孤児として扱われることになり、養護施設へ預けられた。里親を探し、社会で生活できるよう育てるのだ。


 しかし、彼女の里親はなかなか見つからない。里親候補は見つかったのだが、彼女がなかなか心を開かず断念せざるを得なかったらしい。養護施設の職員も「あそこまで心を開いてくれない子どもは初めてだ」と唸っていた。

 僕の両親がその話を聞いて、名乗りを上げた。「きっと、ご両親を亡くして心の傷が深いのよ」と母は言い、ニルニィを引き取ったのだ。


 そして、僕とニルニィは一緒に暮らすことになった。相変わらず彼女の口数は少なく、あまり反応を示さない。

 それでも、僕ら家族は彼女に接した。とにかく話しかけ、彼女の心が開くのを待った。母が「今まで辛かったよね」と優しく抱きしめると、彼女は号泣した。


 そして、彼女が僕の前で初めて笑ってくれたのは、家にやってきてから数ヵ月後。

 彼女の誕生日をみんなで祝い、ようやく笑ってくれたのだ。







     * * *


 それからさらに数ヵ月後のある日、ニルニィは「私も魔王軍に入隊したい」と言い出した。

 それに対して、両親は「お前のような女の子が戦場に出る必要なんかない」と反論したが、ニルニィも意志が固く、結局魔王軍に入隊することになった。







     * * *


 彼女が軍の養成学校に入学した頃、僕は実績を積み、『モンスター・デベロッパー』の研究員として配属されていた。ここで僕は大量のモンスターを作り出し、幹部に昇進するために必要な、さらなる実績を積むことになる。







     * * *


 そして数ヶ月が経ち、ニルニィは研究室へ現れた。突然のことで、かなり驚いたのを覚えている。

 彼女は手に自分の実績に関する書類を持ち、僕と同じ部署への配属を求めてきたのだ。


「私……カジと一緒に働きたい」

「えぇ……?」


 僕はニルニィから書類を受け取り、一通り眺めた。確かに、好きな部署へ配属できるほどの実績があることを示している。


 ただ、彼女の成績バランスは極端なものだった。


 武器の扱いなど、接近戦の成績は圧倒的に優れているのだが、魔術に関する成績はまるでダメだったのだ。

 モンスター・デベロッパーは魔術師である。そんな人物が入ってきたところで、あまり役には立たないだろう。

 僕は彼女に別の部署へ入隊することを勧めたのだが――


「他にもニルニィを求めている部署があると思うんだけど」

「でも、カジと一緒に働きたい」

「あのさ、ほら……デュラハンの部署からも声がかかってるじゃないか。あそこに入隊した方が、お前の成績なら活躍でき……」

「私はここで仕事がしたい!」

「ニルニィ。どうして、そんな僕にこだわるんだ?」

「……」


 結局、僕が自分の部署への入隊を許可するまで、彼女は動かなかった。まるで拗ねる子どものように。


 当時の僕は、ニルニィのことをよく理解していなかったのだ。

 僕らは彼女の心のデリケートな部分をなるべく避けて生活を続けてきた。その結果、彼女と深く交流することを恐れるようになってしまったからである。

 一緒に暮らした家族同然の関係のはずなのに……。


 このとき、僕の心の中では2つの『感情』が生まれていた。


 1つは、ニルニィの傍にいられる『安心感』だ。

 彼女の心の傷はまだ完全には癒えてない。再び傷が開かぬよう、僕が傍にいることで彼女の成長を見守ることができる。彼女には精神的な成長が止まっている部分があり、僕の見えないところで他人と接触することに不安を感じる部分があったのだ。


 もう1つは、ニルニィがいつまでも独り立ちできないという『心配』だ。

 彼女が我が家にやってきて以来、僕ら家族以外の人物とはあまり接触をしていない。そのせいか、極度の人見知りとなっており、他者との関係を持たずに生活している。これでは社会で生きていくのは難しいだろう。

 いつまでも僕らは彼女の傍にいられないかもしれない。そうなったときに、彼女を一人にするのが心配で仕方ないのだ。


 僕は「本当に配属を許可してよかったのだろうか」と、後から何度も考え直した。でも、答えは出なかった。







     * * *


 いざ仕事が始まると、案の定ニルニィは重大なミスを連発した。


 はっきり言って、彼女はこの仕事に向いてない。自分の研究所は、僕一人の実績だけで運営できているようなものだ。ニルニィがいることによって、むしろ損害が生まれている。


 それでもニルニィを傍に置いているのは、今話した理由があるからだ。


 僕は彼女をどうするべきなのか、今も悩んでいる。

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