18匹目 誤解答への導き
「ダメだ……全然分からない」
僕は草むらの上で横になるのを止め、起き上がった。こうしている間にも時間は進んでいる。早く作業しなければ。
そのとき――
チュン! チュン!
僕の頭上で鳥の鳴き声が聞こえる。見上げると、大木の枝が分かれている部分に鳥の巣があるのを確認できた。巣には数匹の雛鳥がおり、餌を運んできた親鳥に対して「自分に餌をくれよ」とアピールしている。
親鳥が咥えてきた餌。
僕はそれが気になった。
餌はイモムシのような小さい生物なのだが、その触角が異様に膨らんでおり、変色している。あれでは天敵である鳥に、すぐ見つかって捕食されてしまうだろう。
「あれは……イモムシが寄生されているのか」
とある寄生虫は成長過程を通じ、宿主をコントロールすることがある。宿主の体を操作し、敢えて天敵に食べられるよう仕向けるのだ。そうして天敵の体内に侵入し、新たな成長段階に入る。
例えば、今見たイモムシもそれに当てはまるだろう。
卵から孵化した寄生虫はイモムシの体に侵入し、イモムシの肉体や行動を変化させて鳥に発見されやすくした。こうすることで鳥の体内に侵入できた寄生虫はそこで産卵し、その卵は糞と一緒に排出され、地上で孵化して再びイモムシの体に入る――という生活サイクルをしているのだ。
他にも、アリへの寄生虫がヒツジに食べられるために、ヒツジの餌である植物の先端を噛み付かせて一緒に飲み込ませるように仕向けるとか、小魚への寄生虫がカモメに食べられるために、わざと海面近くを泳がせる――といった宿主の操作を行うことがある。
そこで、僕の頭はとある考えに到達した。
もしかすると、あのおっさんでも同じようなことが起こっているのではないだろうか?
異世界人は性的欲求解消のために、触手系寄生モンスターを利用する。
そのモンスターに自分から寄生されることによって、ホルモンや神経をコントロールし、内側から欲求を消す。そういう仮定に至った。
おっさんが前回『体』と『纏う』という言葉を使ったのは、異世界人は『触手』系の『モンスター』を『体』に『纏わ』せることで、性的欲求を解消する技術を持っているからではないだろうか。
つまり、僕は人体の神経やホルモンをコントロールできる触手系モンスターを開発すればいいのだ。
「しばらく、この仮定で開発してみるか!」
今すぐ計画書を作成し、開発に取りかからなければ。
僕は研究所に向けて走り出した。
ちなみに、この仮定が間違いだと知るのは、かなり後の話である。
* * *
僕の仕事詰めの生活はさらに続いた。
まず、人体のホルモンや性欲に関する文献を片っ端から調べまくった。一日中部屋に篭って、医学関係の文学書をパラパラとめくる。それをノートにまとめていくのだ。
その様子を見たニルニィは「軍医にでも転職するのですか?」と言ってきた。僕は彼女の言葉を気にも留めず、無視して調査を続けた。彼女がせっかく用意してくれた食事にも手をつけず、飲まず食わずで自分の作業に没頭した。
ギルダ以外の依頼人が合成モンスターを引き取りに研究所へ訪ねてきたこともあった。客たちは僕の顔を見るなり「お前、どうしたんだよ、その顔は……」と言ってくる。久し振りに鏡で自分の顔を見たら、僕の顔は豹変していた。ひげが伸び、目の下には深い隈ができ、頬が痩せこけているではないか。「まるでアンデッドみたいだな」と言われた。
それと「体臭が酷い」とも言われた。僕は何日間も服を着替えず、シャワーも浴びていない。いつの間にか、僕の視界の隅にハエが映るようになった。自分の体臭に寄って来ているのだろう。
周囲からそんなことを言われても、僕は仕事詰めの生活を止める気にはならなかったと思う。
きっとここで止めてしまったら、僕は一生ギルダに追われ続ける。
それに、逃げた僕の代理として、後輩のニルニィがこの研究を引き継ぐことになるだろう。彼女にこんな研究は無理だ。僕の代わりとして、彼女が嫌がらせを受けることになってしまう。
そうしたことを避けるためにも、僕は逃げ出すわけにはいかなかったのだ。
そんな生活をしているうちに、ギルダや彼の部下に謝罪するのが苦にならなくなってきた。それは悟りや諦めのようなもので、適当に受け流すため身につけた技だと思う。きっと生命というのはどんな環境でも慣れるよう設計されているのだ。
少なくとも、ニルニィがドジを踏んで僕に酢酸やアンモニア水をかけてしまっても笑顔でいられるくらいには精神力が強くなった。そして、僕の臭いもさらに強まった。
「フ、フフフッ……」
「こ、恐いです。先輩……」
ニルニィには気持ち悪がられた。
そして僕は――
ついに倒れた。
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