第5章 触手の再来

17匹目 悪質すぎる依頼

 豚鬼オークの族長から魔導弓まどうきゅうマスティマをもらってから数日が経過した。


 あれから僕は変わらず触手の開発を続けている。

 以前と変わらず、あのおっさんの性欲解消方法が分からない。







     * * *


 そんな中、上級魔族同士による定例会議が行われた。僕もそれに出席し、戦況や研究成果の報告を行う。


 会議が終盤に近づく頃、ある魔族幹部の報告で、「勇者とともに旅をしていた獣人族の格闘家が消息不明状態にある」ということが発表された。おそらく、戦死か事故死したのだと思われる。


 この情報には正直驚いた。

 なぜなら、多くの魔族幹部が勇者討伐を命じて部下を送ったのに、全て失敗してきているからだ。特にその格闘家は勇者と並ぶほど強いことで知られ、『地獄の鉄拳』という異名まで付けられるほど恐れられていた。

 そんな彼女が死亡したとなるとタダ事ではないだろう。


 ただ、会議に出席したどの魔族も、部下から彼女を倒したという報告は受けていないらしい。誰かが隠している可能性はあるが、隠す理由はどこにあるというのだ……?

 彼女の死はまだ不確定な情報なので、幹部内だけの秘密にし、公にすることは控えるよう命令が出た。


 それにしても、仮に彼女が戦死したのならば、かなりの強者が葬ったことになる。


 一体、どんなヤツが彼女を葬ったのだろうか?








     * * *


 ギルダの依頼を引き受けてから、僕の生活は滅茶苦茶になっていった。

 仕事中も休憩中も気が休まる暇がない。


「おい、カジ。まだ魔王様の性欲解消方法は不明なのか?」

「申し訳ありません!」


 ギルダや彼の部下に出会う度に謝罪する日々。

 謝罪の度の僕の心は鬱屈とし、自尊心・プライドがズタズタに傷付けられる。


 今まで、僕が仕事でこんなに苦戦したことがあっただろうか。

 いや、今回の依頼内容が悪質すぎるのだ。目標が曖昧で、到達手段すらも不明。

 そんな仕事を与えられても、すぐに達成できるわけがない。

 少しは筋道立ててから依頼しろよ、クソ上司!


 彼の部下、ユーリングに唾を吐きつけられたときは、さすがにキレそうになった。

 お前の上司が実権を握っているからって、いい気になりやがって!











     * * *


「あの! 先輩!」

「え?」


 研究所で仕事をしていたら、後輩のニルニィが僕の目を覗いていた。


「どうしたんですか? 素材の前でボーッとして」

「えっ?」


 自覚はなかったが、僕は倉庫に保存されている触手系モンスター素材の前で佇んでいたらしい。口を半開きにし、虚ろな目でそれを見つめていた。

 きっと、過度のストレスと疲労で無意識のうちにそのような行動をしていたのだろう。

 今後、気を付けなければ。


「先輩、最近、様子がおかしいですよ?」

「そ、そうかな?」

「最近、働きすぎじゃないんですか? 夜遅くまで作業してますよね。しかも私に内緒で」

「あ、ああ。急に依頼が入ったんだよ。すぐに終わりそうな仕事だったし、ニルニィを夜遅くまで居残りさせるのは悪いと思ったから、ね」

「……」


 ニルニィにはギルダからの依頼を伝えていない。

 ギルダは汚い手段を使ってくる男だ。彼女を巻き込めば何をしてくるか分からない。ニルニィはまだまだ子どもだが、大切な後輩だ。ニルニィをギルダの手から守るためには、このことを秘密にしなければならなかった。


 しかし、彼女はすでに色々と気付いていたようだ。


「先輩の嘘吐き!」

「え」


 パチーン!


 次の瞬間、彼女の平手が僕の頬に飛んでくる。咄嗟のことで、避けることもガードすることもできず、僕は思いっ切りそれを喰らってしまった。


「痛……」

「先輩のバカ! もう知りません!」


 ニルニィはそう言い放つと、部屋の奥へ去っていった。

 彼女の目には涙が溜まっていたと思う。


 こうして、ニルニィとの関係は険悪になっていったのだ。







     * * *


 僕は気分転換に城周辺の森林へ散歩することにした。

 ここには唾を吐きかけてくる勢力もいないし、うるさい後輩もいない。

 一生ここにいたいような気分になってくる。


「ああ。静かだ」


 鳥や虫の鳴き声。爽やかな風が吹き、木の葉が揺れる。

 人工的な音は何もない。

 僕は草むらの上に寝転び、仰向けになった。木漏れ日が優しく僕を照らす。


 こんなにのどかな気分になったのはいつ以来だろう?


 ただ、そんな環境でも、仕事のことが頭から離れない。


「性欲の解消方法? そんなの、好きな異性を抱けばいいと思うんだけどなぁ?」


 少なくとも、魔族やこの世界の人間はそうやって性欲を解消し、生殖活動を繰り広げている。

 しかし、異世界人は触手を使って性欲解消をしているらしい。

 異世界人には触手を持つ別個体がいて、それと性交するのだろうか?

 それとも、触手で自分を触られているうちに、性欲が消えるのだろうか?

 それとも、別の何かが?


 考えても答えは出ない。

 おっさんを解剖すれば、異世界人の体の構造が分かる。そうすれば、その答えが出るかもしれないが、おっさんは魔王である。王様を解剖するわけにはいかない。


 これは、非常に難しい問題だった。解決への手段は非常に限られている。僕は手探りでおっさんの性欲解消方法を見つけるしかなかった。

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