15匹目 【勇者編】触手との邂逅

「いたぞ。アイツが例のモンスターのようだな」


 翌朝、俺たちは村の生活を苦しめているモンスターの討伐へ出発した。時折森林の奥地から響いてくる、悲しそうな声を頼りに足を進める。

 そして、木陰にタコのような化け物を発見したのだ。


「見たところ、牙も爪もないな。そこまで強そうには見えないが……」

「油断してはいけません、カイト。『能ある鷹は爪を隠す』というものです。何か隠し玉があるのかもしれませんよ」


 アォォオオオン!


 その化け物は外套膜を震わせ、人間のような泣き声を上げる。

 どうやら、まだこちらには気付いてないようだ。


「とりあえず、セオリーに沿って倒しに行けばいいんじゃない? ミアが魔法で先制攻撃して、それでも倒れなかったらカイトとアタシがボコボコにするの!」

「魔法の耐性や刃が通るか分からないのに、突っ込むのは無謀だと思うのだけれど」

「どうせ、あのモンスターに関する情報はないんでしょ? だったら、まずは定石手段で行動して、ちょっとずつ変更していくしかないよ?」

「それはそうですけど」

「それにさ、勇者様は魔王を倒すまでアタシが守るから大丈夫だって」

「え?」


 オルネスは俺の方をポンと叩いた。


「カイトはアタシと同じ、平民出身の戦士だろ?」

「あ、ああ。帝都でのエクスカリバー適合者選抜のとき、多くの若者が召集されて、その中で一番俺がこいつの能力を引き出せたんだ」

「だからさ、帝都の貴族や大臣に見下されている平民にとって、カイトは希望の星なんだよ。魔王を倒して国を救ったら、平民の権力を上げてくれるんじゃないか、ってね」

「オルネス……」


     * * *


 オルネスは貧しい集落の出身者だ。彼女の故郷もまた、帝国の強引な資源搾取による被害を受けている。

 彼女が旅に同行するとき、「この世界を変えたい」と言ってきた。


 平民の地位を上げる。


 それが彼女が魔王を倒す理由であり、勇者の俺を守る理由なのだ。


     * * *


「よし、分かった。それじゃあ、ミア、まずは強力な魔法をアイツにぶつけてくれ」

「分かりました」


 彼女は魔法を唱え始め、発射する魔力を増幅させていく。

 全員に緊張が走る。


 そして――


「はぁぁぁっ!」


 ドォォオオオン!!


 閃光。そして、轟音と突風。

 ヤツのいる木陰に、魔法によって生み出された雷が命中する。

 周辺の木々は一瞬にして黒焦げになり、大量の煙が立ち昇る。並大抵の魔物・人間ならば、その一撃を受けただけで骨まで炭にされているだろう。


「やったか!?」


 俺たちはヤツがいた周辺を凝視した。


 しかし――


「い、生きてる!」


 そのタコのような怪物は健在だった。多少ダメージは受けているようだが、その体勢にあまり変化はない。巨大な眼をギョロギョロと動かし、術者の位置を確認している。


「仕方ない! カイト! 行くよ!」

「おう!」


 俺は背中からエクスカリバーを抜き、オルネスとともに両サイドからヤツの懐へ跳びかかった。


 アォオオオオン!


 突如、ヤツの外套膜から強烈な空気の振動が発生する。それは衝撃波となり、俺を後方へ吹き飛ばした。


「ぐあっ!」

「よくも、カイトをやりやがったなぁ!」


 一方、オルネスは体勢を崩さずに泣章魚へ立ち向かっていく。


「うらぁっ!」


 ドゴォッ!


 彼女の拳がヤツの外套膜に命中し、大きなひびが入る。ひびからは青い体液が飛び出し、彼女の体へ降りかかった。


「やった! これで振動は発生できないだろう!」


 そのとき、ヤツの腕が彼女に向かって伸びようとしていた。俺はその攻撃を察知し、エクスカリバーをヤツに振った。


 ドチャッ!


 数本の腕がヤツの体から切り離され、地面に落ちる。それによって泣章魚は怯み、オルネスに再び攻撃のチャンスが生まれた。


「これでっ、終わりだぁっ!」


 ドスッ!


 命中。オルネスの渾身の一撃は見事に泣章魚の顔面を捉え、後方へのけぞらせる。


 そして――


 ドサッ!


 力なく地面へ伏す泣章魚。


「や、やりましたね、皆さん!」

「ああ、俺たちの勝ちだ」


 戦闘が終了し、俺はエクスカリバーを収納した。

 遠くで様子を見ていたミアが駆け寄ってくる。


「今回はオルネスのおかげだな」

「流石です、オルネスさん。早く村の方々へ報告に行きましょう」

「……」


 しかし、オルネスは動かない。まるでこちらの話が聞こえていないかのように、ボーッと立っている。


「おい、どうしたんだよ、オルネス?」

「……」


 ドサッ!


「え?」

「オルネスさん!」


 オルネスはその場に力なく倒れた。

 それを見たミアが急いで彼女へと駆け寄り、その状態を確認する。

 オルネスの様子は尋常ではなかった。全身がビクンビクンと痙攣し、異常なほど汗が噴出している。開いた口からは涎が垂れ、まともに言葉すら話せそうにない。


 一体、どうしてこんなことに!?


「ま、まずいです、カイト! オルネスさんに神経毒のような症状が現れています! それに加え、症状の進みがかなり速いです!」

「何だと!?」

「おそらく、このモンスターの体表面の分泌物や体液に猛毒が含まれていたのかと!」

「と、とにかく、治癒魔法だ! ミア、できるか!?」

「すぐに始めます!」


 そのとき――


 ヌチャァ!


「え?」


 俺の視界の隅で、再び泣章魚が動き出す。

 ヤツの巨大な目玉には、オルネスの姿が映り込んでいた。

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