14匹目 【勇者編】真夜中の特訓

「……エイッ! エイッ!」


 その日の深夜。

 俺は宿屋の裏から聞こえる女性の声で目を覚ました。

 誰だろうか、こんな時間に。


 俺は自分が眠っていた寝室を見渡した。

 格闘家オルネスと魔術師ミアは寝室で眠っており、声の主が彼女たちではないのは明らかだ。二人とも深い眠りについているようで、起きる気配はない。


 つまり宿の裏にいるのは、ということになる。







     * * *


「よぅ、こんな夜遅くまで丸太の素振りとは修行熱心だな」


 俺は裏口からこっそりと外へ抜け出し、宿屋の裏にいた人物へ声をかけた。

 彼女も手を休め、こちらへ振り向く。


「ああ、カイト殿か。起こしてしまったのなら申し訳ない」

「まぁ、一応、物音には敏感でないと、敵の気配とかを感じ取れないしな」


 宿屋の裏にいた人物は、案の定、クリスティーナだった。

 彼女は薄着で丸太を握り、素振りをして筋力を鍛えていたのだ。彼女の肌は汗でビショビショになっており、肌と薄い布が密着してボディラインが露になっている。


 何というか、すごくエロい格好だな。


「剣の修行をしていると聞いていたが、まさか、そんなにデカい丸太まで持ち上げられるとは驚いたぜ」

「まぁな。しかし、これくらいできねば、女騎士として活躍はできないぞ」

「女騎士?」

「ああ。私はな、一ヵ月後には帝国騎士団に入団する予定なのだ」


 彼女は元の位置に戻り、丸太の素振りを再開した。

 しかし、こんなに綺麗な女性が帝国騎士団に入団とは、なかなか珍しい。


「この宿屋は継がないのか?」

「それも将来の選択肢の一つではあるが、それでは収入があまり入ってこない。村が困窮している今の状況では、それは避けたい選択肢なのだ」

「例のモンスターのせいか」

「いや。実のところを言うとな、村が物資不足で苦しんでいるのは例のモンスターだけのせいではない」

「どういうことだ?」

「武器の材料調達のために、帝国がこの周辺から資源を搾取している。山に穴を開け鉱石を掘り、木を伐採した。その影響で村の住人が保ってきた山のバランスが崩壊しつつある。この地から動物が離れ、水が濁り、自然の恵みは消えていった」

「そんなことが行われているのか」

「村の住人は帝国に抗議したが、『魔族との戦争のために必要』の一点張りでな。村で必要な物資は一部、外部から購入せざるを得なくなった」

「だが、宿屋の収入では心許ない。だから、給料の高い帝国騎士団に入って、高額の収入を得る、というわけか」

「そういうことだ」


 彼女は素振りを続けた。

 その表情には怒りのような感情も窺える。


「あそこに入隊できれば、高い給料を安定してもらえるし、福祉も充実している」

「だが、戦闘が起きれば死ぬ可能性もあるぞ」

「収入がなければ、村のみんなが苦しむんだ。私は行くしかない」


 クリスティーナは淡々と応える。

 どこまでも村に献身的な彼女へ、俺は何か手助けをしてやりたかった。


「あの、さ」

「どうした、カイト殿?」

「クリスティーナ、俺たちの仲間にならないか?」

「仲間?」

「ずっと黙っていたが、俺は勇者だ。魔王を倒すために旅をしている」

「勇者、だと?」


     * * *


 数日前、帝都では勇者誕生を祝うパレードが行われた。

 ただ、それは魔族側へ軍事力をアピールするための広告戦略プロパガンダにすぎない。

 実際のところ、勇者の行動は機密扱いされている。魔族たちの不意を突くため、多くの情報はおおやけになっていない。

 宿屋の老婆やクリスティーナも、勇者の存在自体は知っていても、俺が勇者だとは知らないはずだ。


 最初、勇者であることは終始黙っておくつもりだったが、俺は彼女をスカウトしてみることにした。彼女の修練を見て、気が変わったからだ。

 彼女はなかなか腕が立ちそうだ。きっと、これからの戦場で役立ってくれるかもしれない。


     * * *


「なるほど。私が勇者のお供として戦いに参加し、魔王を倒せれば戦争は終わる。だから、帝国は村周辺から武器材料を調達する必要がなくなり、村に安定が戻る、というわけか」

「そうだ。それに、魔王を倒せれば報奨金もたっぷりもらえる。この村にも好きなだけ外貨や物資が届くはずだ」

「ふむ。悪い話ではないな」

「そうだろ?」


 彼女は素振りを中断し、腕を組んで考え込む。


 しかし――


「勿体ない話だが、今は断らせてもらう」


 それが彼女の答えだった。


「どうしてだ?」

「その魔王とやらを倒すのはいつの話になる?」

「それは分からない。数ヵ月後かもしれないし、数年後になるかもしれない」

「私たちにそんな悠長な時間はない。この村には今すぐに外貨が必要なのだ。魔王を倒せなければ、資源搾取は止まらないし、報奨金も出ないのだろう?」

「まぁな。旅に必要な経費は帝国が払ってくれるが、それ以外は払ってくれる可能性は低い」

「そういうことだ。それなら定期的に高額の給料を支払ってくれる騎士団の方が、私の目的に合致している」

「そうか」

「それに、こう言っちゃ悪いが、カイト殿が魔王を倒せる確証もないからな」


 彼女は振っていた丸太を木材置き場に戻し、豊満な胸を揺らしながら宿屋の裏口へ入っていく。


「今日の修練は終わりだ。私は軽く汗を洗い流してから眠る。カイト殿も寝室に戻ってゆっくり眠るといい」

「フられちゃったかな?」

「確かにカイト殿はいい男だとは思うが、私の好みではないな」


 クリスティーナは微笑むと、宿屋の中へ消えてしまった。


     * * *


 結局、クリスティーナが俺たちの仲間に加わることはなかった。


 あれだけ巨大な丸太を振り回せる人材はなかなかいないだろう。大きな戦力になると思ったのに、かなり残念だ。

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