第4章 触手の暴走

12匹目 【勇者編】ツンデレと狂気の仲間たち

「グギャアアアアッ!」

「グオオオッ!」


 広大で薄暗い森林にこだまするモンスターの叫び声。

 藪の中を黒色の小人のような生物が駆け回る。牙を剥き、爪を尖らせ、獲物を狩る体勢になっていた。


「カイト! そっちに小鬼蟲ゴブリン・セクトが向かった!」

「分かった! こっちで対処する!」


 遠くで、俺の仲間のミアが叫ぶ。

 どうやら、敵を何体か取り逃がしたらしい。


「さあ、来いよ! モンスター!」


 俺は背中にかけられた剣を手に取り、敵に向かって斬りかかる体勢になる。


 ガサッ! ガサッ!


 徐々に藪や木の陰から接近する敵の気配。森林の中を駆け巡る音が聞こえる。

 俺はギリギリまで間合いへ近づいてくるのを待ち、剣を振った。


「待ってたぜ!」


 ドチャッ!


「ピギャアアアッ!」


 剣は見事、俺に迫っていた数匹の小鬼蟲を一振りで両断する。敵は地面へ伏し、切断面から体液が飛び散った。胴体を切断され、モンスターは悲痛な声を上げながら絶命する。


「まったく、面倒かけさせやがって」


 俺は敵が完全に息絶えたのを確認すると、剣を鞘に戻した。

 そして、遠くでモンスター討伐を一緒に行っていたミアが戻ってくる。


 彼女の職業は魔術師。名前はミアだ。


 白いローブを身に纏い、魔力を増幅させる杖を装備している。魔術師としての腕は一流で、世界最大数の支持者を持つ女神教の本部から派遣されたらしい。俺は完全に彼女のことを理解しているわけではないが、かなりのエリートということは間違いない。


「流石ですね。カイト。あんなに素早いモンスターを一撃で倒すなんて」

「このくらいのモンスター、朝飯前だって。それに、これは俺だけの力じゃない」

「聖剣エクスカリバーの力ですか?」


《聖剣エクスカリバー》

 先程、俺が戦闘に使った剣の名前だ。


「まぁ、それもあるかな。この剣じゃなかったら、多分刃が折れていたさ。それと、ミアが敵の数を減らしてくれていたおかげだよ」


 すると、ミアは褒められたのが恥ずかしかったのか、頬を少し赤くして俺に顔を背ける。


「遠方から魔術で攻撃して、なるべく接近戦に持ち込ませないのが魔術師の仕事です!」

「そうだったな」


 ミアにはこういうところがある。なかなか他人へ素直になれないのだ。

 容姿は綺麗で可愛いのに勿体ない。


 そして――


「おーい! こっちも討伐終わったよー!」


 別方向からも仲間が戻ってくる。軽装をした獣人族の少女だ。無邪気な笑顔で手をこちらに振っているが、もう片方の手で無残に殴殺されたモンスターの死体を担いでいる。


 彼女の職業は格闘家。名前はオルネス。


 獣人族特有の腕力の強さを活かして、戦士になった少女だ。その実力は同じ獣人族の中でもトップクラスで、格闘術でなら右に立つものはいないという。


「けっこう、あっけなく終わっちゃったねぇ、カイト。アタシ、殴り足りないよ!」

「お前が強すぎなんだよ。それに、戦いなんてさっさと終わった方がいい」

「もっと強い仲間でも連れてくればいいのにさ!」


 オルネスは可愛らしい外見に対し、性格はかなり好戦的だ。その笑顔からは想像できないほどの狂気が隠されている。

 まったく、そんなんじゃ仲間から引かれるぞ?


「ねぇ、カイト。魔王ってアタシたちよりも強いのかなぁ?」

「さぁな」

「魔王ってさ、最近交代したんでしょ?」

「そうらしいな。詳しい情報はまだ公開されてないが」

「早く戦いたいなぁ、魔王とさ。カイトもそうでしょ?」

「当たり前だろ? 俺は勇者で、ヤツを倒すことが使命なんだから」


 俺はカイト。勇者だ。

 魔族の王、『魔王』の討伐のため、仲間を率いて旅をしている。


     * * *


「村が見えてきましたよ。もうすぐ日が暮れるので、今夜はそこに宿を取りましょう」


 広大な森林によって挟まれた山道。

 俺の横を歩く魔術師ミアはそう言った。

 俺たちの前方には、小さな集落が見える。人の気配はあまり感じられないが、家屋の煙突からは白い煙が昇っているのが確認できた。どうやら、まだ機能している集落らしい。


「そうだな。宿が空いているといいんだが」


     * * *


 俺たちは宿屋らしき木造家屋の前で立ち止まり、ドアノッカーを叩いた。

 すると、ゆっくりとドアが開き、屋内から白髪の老婆が出てくる。


「ごめんくださーい。今晩泊めてもらえますか?」

「ああ、いらっしゃい。よくまぁ、こんな辺境の村まで」


 老婆は俺たちを奥まで招き入れる。紹介された寝室は、ベッドとランプだけが置かれた質素なものだった。ベッドの骨組みや部屋の素材などはかなり古い。お世辞にも『いい部屋』とは言えないが、一泊する分には問題ないだろう。


「ごめんなさいねぇ。あんまりいい部屋じゃないんだけど」

「いいや、俺たちには十分だ。ありがとうな、婆さん」

「そうかい? そう言ってもらえると嬉しいんだけどねぇ」

「大丈夫ですよ。ありがとうございます、お婆さん」


 俺たちが寝室に荷物を下ろそうとしたところ、まだ老婆は何かを言いたげに部屋の前に立っていた。

 どうしたんだろうか?

 まだ何か注意事項があるのか?


「実は、まだ相談したいことがあってねぇ」

「何だ?」

「夕食のことなんだけど、最近、森で食材が採れなくてねぇ。質素な料理になってしまうけど、いいかい?」


 こうした森林に囲まれた村では、森林が物資の調達ポイントとなる。森林で食材が採れないとなれば、それも仕方ないだろう。


「別に構わないが」

「本当かい? 宿の料金は安くしておくからさ、ゆっくり泊まっておゆき」

「ありがとう、婆さん」

「それにしても……」


 老婆は話を続ける。


「あの森に最近やってきたモンスターさえいなくなれば、食料も薪も十分に確保できるのに。困ったもんだよ」

「もしかして『森で食材が採れない』というのは、そのモンスターが原因なのですか?」

「ああ、そうだよ。森の動物はみんな、アイツにびびって逃げ出しちまった。村を襲っては来ないけど、私たちから見れば悩みの種さ」


 どうやら、村に活気があまり見られないのはそれが原因らしい。物資の調達を森林に頼っている村では死活問題だ。

 何とかしてやりたいが。


「ねぇ、そのモンスターってどんなヤツなのかなぁ?」


 戦闘狂のオルネスがわざとらしく呟いた。

 俺がオルネスの方へ顔を向けると、彼女は満面の笑みで俺を見つめているではないか。

 お前、絶対にそのモンスターと戦いたいんだろ?

 ほら、ミアだって引いてるぞ?


 でも、まぁ、この村の状況を放っておくことはできないよな。


 それはミアも同じだったらしい。俺は彼女へ視線を送ると、コクリと頷いた。

 俺たちは無言の会話を交わし、老婆に討伐の提案をすること決めたのだ。


「よかったら、俺たちが退治してこようか?」

「えぇ? 本当かい? そうしてもらえると嬉しいんだけど大丈夫?」

「大丈夫だ、婆さん。こっちはみんな戦闘に慣れている。モンスターの一匹や二匹討伐するのは容易いぜ?」

「じゃあ、お願いしようかねぇ」

「よし、決まりだ! 明日にでも取りかかる。それで、そのモンスターの特徴を教えてくれないか? 討伐作戦に役立てたい」

「そうだねえ」


 そのとき――


 アォオオオオオン!


 それは、人間が泣き叫ぶような音だった。

 不気味な声が集落全体に響き渡る。村を取り囲む森林のどこかから発せられているようだ。


「な、何だ?」

「もしかして、誰かがモンスターに襲われているのですか!?」

「まぁまぁ、そんなに慌てなさんな」


 俺たちが慌てふためく一方、老婆は目を閉じて音を聞いていた。

 この様子からして、老婆はこの音の正体を知っているのだろうか?


 やがて音は消え、静寂が訪れる。鳥や虫の鳴き声さえ聞こえない。

 今の不気味な音は何だったのだろう?


 その音にはどこか哀愁が漂っており、悲しさが込められているように感じた。

 少し戸惑った様子で、ミアは老婆へ尋ねる。


「い、今の音は何ですか、お婆さん!?」

「今のが、例のモンスターの鳴き声さ」

「えっ?」

「村の連中は『泣章魚』って呼んでるよ。タコみたいな醜い化け物さ」

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