11匹目 さよならファング
依頼主の元に辿り着いた時、すでに日が沈み始めていた。
僕とファングの目の前には、レンガと木で構成された質素な家がある。それが仕事の依頼主、
「あの、こんばんは」
僕は玄関前に立ち、ドアノッカーを鳴らす。
「お、坊主じゃねぇか」
「どうも、お久し振りです」
家の中から出てきたのは依頼主である族長本人だ。
「どうした? ドラゴンなんか連れて来て」
「あの……先日、僕が受けた依頼の件でお話があるんです」
* * *
僕は族長にここ数日の間に起きたことを話した。
族長から渡された素材が無駄になったこと。
譲渡予定のドラゴンが死亡したこと。
おそらく莫大な損害額を出していること。
「それで、お前はその謝罪に来たのか?」
「はい……」
「まさか、その、銀色のドラゴンは!?」
「そうです。依頼品の代替品です」
僕は手綱を引っ張り、ファングを族長の目の前に差し出す。
「いやいや、坊主」
族長は首を振る。
「いくら代替品とはいえ、こんな立派な飛竜は貰えねぇぞ!」
「しかし、それでは族長の損失が……」
「た、確かにそうなんだが、注文してたドラゴン2体と比べてもお釣りが出るぞ!?」
族長は鼻息がかかるほどの至近距離でファングをジロジロ眺めた。
「み、見れば見るほど、すげぇドラゴンだ。飛翔能力といい、口から溢れ出す熱気といい、俺が見てきた全てのドラゴンを上回ってやがる」
「はい……」
「本当に貰えるのなら嬉しいが……」
族長は考え込む。
「ほ、本当に貰っていいのか?」
「はい……」
「カジ、それでてめぇが困らないのなら、俺のもんにしちまうが……」
「いいんです。どうせ僕は研究所に篭っているので、こいつを連れて戦場に出ることもありませんし、仕事が忙しくて大空へ散歩させることも滅多にありませんでした」
「そ、そうなのか」
「それなら、こいつを活躍させてくれる誰かに譲るのが一番いいと思ったんです」
「坊主……」
これは僕の本音だ。
ずっと手綱で繋がれているファングは、僕の家の中で完全にインテリアと化していた。かなりハイスペックなドラゴンをずっと家の中に閉じ込めておくのは、どこか罪悪感を覚える。
きっと、族長ならファングのスペックを活かした戦いができるはず。
族長のことは昔から信頼しているし、かなり強いと聞いている。彼ならファングを大切に扱ってくれるだろう。
「分かった! そこまで坊主が言うのなら、このドラゴンはもらおう!」
「はい、ありがとうございます! この度は申し訳ありませんでした!」
族長の承諾に、僕は頭を下げる。
たが、そこで会話は終わらなかった。
「ただし、お釣りは払わせてくれ」
「え?」
「こんな立派なドラゴンをもらっては『お釣りが出る』と言ったはずだ。ちょっと、そこで待ってろ」
族長はそう言うと自宅に戻って何かを探し始め、数分後に家の外に戻ってきた。長方形のでかい木箱を抱えながら。
「お釣りとして、これを引き取ってくれ」
「えっ?」
族長は木箱を僕へ差し出す。
僕はそれを受け取って、蓋を外して中身を確認した。
「これは……弓ですか?」
中身は弦の張られていない弓だった。
「なかなかいい弓だろう?」
「ええ。魔導部品も使用されているみたいですね」
素人の目から見ても分かる、見事な魔導兵器。
超長距離射撃用
過去にたった数
「これを坊主に託そう」
「あ、あの。ほ、本当にこんなすごいものをもらっていいんですか?」
「別にいいんだ。お前のドラゴンと同じで、使われないまま保存しておくのも勿体ないからな。それに……」
「それに?」
「元々、これは俺の所有物じゃない。これを使っていた以前の持ち主が、つい先日死んでしまってな」
「……亡くなった?」
「ああ」
豚鬼族長の話をまとめると、亡くなった以前の持ち主というのは、彼の昔からの戦友らしい。
その友人はつい先日まで現役の軍人で、魔王軍直属の暗殺部隊に所属していた。弓の名手であり、暗殺対象に気付かれる前に遠くから頭を射抜く。そうした戦術で帝国軍の名将・重役を消し去っていたらしい。
しかし、もうすぐ現役引退直前となる頃、とある暗殺作戦に徴集されたのだ。
「その作戦ってまさか……」
「先日、帝都で選定された勇者の暗殺任務だ」
数日前、玉座の間で耳にしたギルダの極秘指示が、僕の脳内で再生される。
* * *
(帝都でエクスカリバーの適合者の選定が完了したようです)
(何だと?)
(今、『勇者』が決まったことで帝都はパレード状態です。間もなく、帝国領に向けて出発するとか……)
(早急に勇者暗殺部隊を編成しろ! 人選は貴様に任せる!)
(かしこまりました)
* * *
族長の友人に、この作戦への参加命令が出た。
彼はこの弓を装備し、暗殺任務へ臨んだ。
しかし、その作戦は失敗に終わる。
エクスカリバーの凄まじい斬撃によって、彼は致命傷を受けて死亡した。
彼と同伴していた仲間によって死体と弓が回収され、死体の方は軍の共同墓地に埋葬された。弓の方は彼の形見として族長が引き取ることになったという。友人には身寄りがなく、引き取る人物が族長しかいなかったのだ。
しかし、族長は槍使いである。弓の扱いにあまり慣れていないし、使う予定もない。
せっかく良い弓があるのに使われないということに、族長は心を痛めた。大事な友人の形見ではあるが、そのまま埃を被るのは友人も悲しむ。そう考えたのだ。
そこで、この弓を信頼できる人物に譲渡することを考えていたらしい。
「そこに僕が現れた……ということですか」
「そうだ。この弓を引き取ってくれるか?」
「でも、僕は研究所に篭ってばかりで、あまり使う機会は……」
「それでも、このご時世だ。『勇者』なんていう化け物みたいな兵士も出てきているし、戦況も悪化している。身を守る道具は手元にあった方がいいぜ」
「……分かりました。大切に扱わせていただきます」
* * *
かつて、酒場でもデュラハンが似たようなことを言っていたのを思い出す。
『カジ……お前も戦闘が激化するかもしれないことを頭に入れておいてくれ』
自分のすぐ近くまで、戦場が近づいている気がした。
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