10匹目 許されたいための生贄
クライング・クラーケンを野に放してから魔王城に戻ると、すでに時刻は深夜になっていた。闇が充満する廊下を歩き、研究所の手前に辿り着く。
「ただいま……」
「おかえりなさい、先輩……」
研究所の玄関を開けると、小さなランプを持ったニルニィが出迎えてくれた。
「ニルニィ……こんな時間まで待っていてくれたのか?」
「はい……」
「自宅に戻ってもよかったんだぞ?」
「いいんです。それより、失った2体のこと、どうするか決めないと……」
「そうだな……」
彼女は僕を研究所の奥へ招き入れ、ランプを机上に置いた。
暗い研究室の中、僕とニルニィは机越しに向かい合う。
「ど、どうしましょう……先輩?」
「納品期限は明日だ。今から素材を揃えて再合成するのはできない」
「じゃあ……まさか、夜逃げ?」
「それもまずい。そんなことしたら、僕らは国中で犯罪者扱いされる。地位も残っている財産も全部失うぞ」
「そう……ですよね」
「やっぱり、依頼主には報告と謝罪をしよう」
「はい……」
合成ドラゴン2体の納品の達成が不可能になった僕らは、依頼主にその報告と謝罪することを決定した。
「問題は、依頼主が許してくれるかどうか……ですよね」
「ドラゴンの素材には大金が注ぎ込まれている可能性が高い。それに見合った何かがないと受け入れてもらえないと思う」
「でも……うちの研究所はお金が……」
「分かってる」
僕らの研究所に資金の貯蓄はない。
城から支給される研究費の多くは武器の開発費へ回されている。武器ならば魔術を使えない兵士でも持って戦うことができるというのが理由だ。
僕らモンスター・デベロッパーに回ってくる研究費なんて、ほんのちょっとしかない。素材を購入したらすぐに尽きてしまう額だ。
「何か、行動や品で謝罪しよう」
「持っていくって、何をですか?」
「……まず、アレだ」
「アレ……?」
僕はニルニィを見つめた。
「ま、まさか、私の体で支払わせるつもりですか!? 先輩、最低ですぅ!」
ニルニィは顔を真っ赤にして椅子から飛び上がった。
「違うわ! 死んだドラゴンで鎧を作るんだよ! 『鱗の処理と、鎧製造の注文をお前がやれ』って言いたかったんだよ!」
「な、何だ……び、びっくりしました」
「それと、もう一つ」
「え、やっぱり私の体を……?」
「違うわ! 僕個人が所有しているドラゴンを譲渡するんだよ!」
「え? もしかしてファングちゃんを?」
「……そうだ」
ファング。
僕個人で所有しているドラゴンの名前だ。
飛翔能力が高いワイバーン種と、火炎放射能力が高いニーズヘッグ種を合成したハイブリッド・ワイバーンである。両方の良い部分を引き継ぎ、高速での飛翔と超高温の火炎放射が得意だ。銀色に輝く鱗を持ち、その外見はドラゴン使いなら誰もが憧れるだろう。
ファングは僕の前任者から昇進祝いに提供された素材で合成したドラゴンだ。僕の最高傑作と言っても過言じゃない。
魔王直属の騎士団には譲渡せず、現在は家で飼っている状態にある。
「でも、ファングちゃんは先輩のお気に入りじゃ?」
「そうだ……」
「だったら、渡すべきじゃないと思います! そんな大切なものを譲ったら、先輩、絶対に後悔しますよ!?」
「僕だって譲渡したくない! でも、それじゃ僕らの地位は完全に崩れることになる!」
「でも、それじゃファングちゃんが……」
「仕方ないんだよ……」
ニルニィの目に涙が溜まり始める。
彼女もファングをよく知っている。彼女にとっても、別れるのは辛いのだろう。
「でも……」
「だったら、お前が体を売るか?」
「いえ、ファングちゃんを譲渡しましょう」
ニルニィはキッパリ言った。
* * *
その翌日の昼間のことである。
僕は自宅の飼育施設からファングを連れ出した。ファングの口に手綱を結び、依頼主の元まで城下町を歩いていく。
「わぁー! おじさん、そのドラゴンかっこいいね!」
街路で遊んでいる子どもたちに声をかけられた。5、6人の少年少女がファングと僕を取り囲み、ニコニコしながら見つめてくる。
「おじさん、モンスター・デベロッパーなんでしょ?」
「僕はまだ『おじさん』じゃない。『お兄さん』と呼びなさい」
「そのドラゴン、お兄さんのモンスター?」
「そうだよ」
「わぁー! いいなぁー!」
子どもたちはファングの鱗に触れたり背中に乗ったりして、ドラゴンとの触れ合いを楽しんでいる。
僕にも、こんな子ども時代があった。
あの頃は、純粋にモンスターが大好きだったと思う。
* * *
僕が魔王軍に所属するかなり前の出来事。
昔、この城下町で魔王軍騎士団のパレードが行われたのだ。
『あれが……魔王軍の騎士団なんだ!』
そこで幼い僕が群衆の隙間から見たのは、騎士団長が乗っていた漆黒のニーズヘッグ――。
天に向かって伸びた太い角。
巨大で鋭利な爪。
足の逞しい筋肉。
そのニーズヘッグの全てが、僕の心を完全に魅了した。
『わぁー! カッコイイ!』
当時の興奮は今でも忘れられない。
後に調べた結果、そのニーズヘッグも合成されて強化されたものらしい。
『ボクも……あんなモンスターを引き連れてみたい!』
それから僕はモンスターに関して必死に勉強した。魔王軍の入隊試験を受け、モンスター・デベロッパーの職を選んだ。そして、さらに実績を積んで魔王軍幹部にまで昇進した。
あのパレードのときに抱いた強化モンスターに対する憧れが、今の僕を形成したのだ。
ただ、僕が創るモンスターのベクトルは完全に変化してしまった。
昔の僕は『強く、かっこいいモンスター』を創りたかった。
今の僕は『依頼に応えるためのモンスター』を創ろうとしている。
『仕事なので仕方ない』と言えばそうなのだが、昔はもっと楽しかった。
特に今の状況がそれに当てはまると思う。召喚士ギルダに変な依頼をされて、自分の趣向に全く合わないモンスターを作らされている。
これが仕事ってことなのかなぁ……。
これが『誰かに仕える』ってことなのかなぁ……。
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