9匹目 猛毒の泣章魚
「はぁっ……はぁっ!」
僕は研究所を飛び出し、飼育施設に向かって全力疾走した。
ドラゴンが泡を吹いて倒れている?
嘘だろ?
せっかく、僕が作り上げたドラゴンなんだぞ!
「一体、何が……!」
* * *
飼育施設は魔王城の外にあり、兵士の訓練施設と隣接した位置に建設されている。
施設はモンスターたちが雨風を凌げるよう、薄い屋根と壁で覆われた構造だ。内部は牧場の牛舎のように格子でモンスターたちの寝床が分けられている。
僕は息を切らした状態で施設前に辿り着き、玄関の重い鉄扉に手をかけた。
「くっそぉ……」
力を込めて扉を開ける。
薄暗い飼育施設内。そこには、驚愕の光景が広がっていた。
「お、おい……嘘だろ……?」
僕の作った小型ドラゴンが2体。冷たい石の床に倒れ、泡を吹きながら痙攣しているのだ。そのドラゴンたちの目には苦悶の色が浮かび、手や翼がビクンビクンと動く。
しかも、彼らは
死んでしまえば、僕は依頼失敗でかなりまずい状況へ追い込まれる。
「な、何があったんだよ!?」
僕はそのドラゴンたちに走り寄って、回復魔法を唱えた。ドラゴンたちはヒュウヒュウと苦しそうに息をする。
「頼む……復活してくれ……!」
僕は自分の魔力が尽きるまで回復魔法を使った。後から追いかけてきたニルニィも介抱に加わり、僕らはずっとドラゴンたちの傍に寄り添った。
でも……ダメだった。
そのドラゴンたちは死んでしまった。
そのときのニルニィの泣き顔が忘れられず、今でも僕の頭に残っている。
* * *
僕らはドラゴンたちが死んだ原因の究明に迫った。飼育施設内をくまなく歩き、他に預けているモンスターたちの様子も観察する。
そして、僕はあることに気付いた。
「クライング・クラーケンと寝床が隣接している……?」
死んだドラゴンたちは、昨日僕がこの施設へ放り込んだ泣章魚と近い場所で睡眠していたらしい。
「まさか……」
僕は近くに置いてあった木の棒を一本手に取り、泣章魚に近寄る。
「お前の体……」
僕はその棒で泣章魚の外套膜をつついてみた。
すると、どうだろう?
ピュッ!
つついた部分から液体が噴射される。僕が握っていた棒の先端はその液体で濡れた。
僕はその棒を握りながら施設の外へ出る。
今度は施設の横壁沿いに作られたアリの巣へ、その棒を突っ込んでみた。
次の瞬間――
「うわっ!?」
棒を入れた瞬間に巣からアリが一斉に飛び出してきた。まるで、その棒から逃げるように。
そして、アリたちはバタバタと死んでいく。体がひっくり返り、宙に向かって足を動かしながら。
その様子を見て、僕は確信した。
泣章魚から噴射された液体。
これはヘル・ショッカーだと。
泣章魚の合成素材となったヘル・アネモネ由来の毒であり、フグ毒の数千倍の威力を持つと言われるアレだ。毒を持たないクラーケンと合成したが、毒を持つ性質は失われずに健在だったのである。
隣接した寝床で眠っていたドラゴンたちは、これに接触してしまったのだろう。
「ヤバイ……ヤバイよ、これは……」
* * *
ドラゴンの素材は値段がクッソ高い。
そもそも、ドラゴンの素材は武具などにも使用されるため、需要がめちゃくちゃ高い。武器商人にとって喉から手が出るほど貴重な品だ。内臓も薬品に応用できるし、肉だって人気の食材として人気がある。
僕のようなモンスター・デベロッパーに回ってくるドラゴンの合成素材なんてほぼ皆無だ。余程性質が劣化しているか、余程ラッキーでないと入手できない。
今回死んだドラゴンの合成素材は、特別に依頼主から回してくれたものである。きっと、その素材に一生遊んで暮らせる程の額が注ぎ込まれていたに違いない。
今後、依頼主から莫大な請求が来るだろう。
僕とニルニィは恐怖に震えた。
一度合成されたモンスターの素材は繰り返し利用できない。すでに様々なモンスターが魔力で繋ぎ合わせてあるため、さらに合成したときに奇形が生まれやすいからだ。
そのドラゴンの死体を使ってできるのは、鱗を剥ぎ取って鎧にすることくらい。
「あぁ……どうしてこんなことに」
僕は施設奥に佇む泣章魚を見た。
強いて言えば、ギルダたちのせいなのだ。僕に泣章魚を作らせたのに、一切活用されなかった。だから、僕は飼育施設に入れておいた。
でも――
でも……責任の一端は僕にもあるよな。
泣章魚の特性の確認もせずに放り込んでしまったことは僕の問題である。
僕は基本的に魔術で合成したモンスターには愛情を注いでいるつもりだ。
だが、このときだけは違った。
泣章魚が邪魔に見えたのだ。このままこいつを施設に置いていると、さらに被害が拡大する。僕が合成したドラゴンたちが、また死ぬかもしれない。
僕は――
クライング・クラーケンを野に放すことにした。
* * *
合成されたモンスターは全て
「ほら、行くぞ」
「アォォオオオン!」
飼育施設内から泣章魚を連れ出し、城下町を抜け、舗装されていない道を数時間歩いた。
「アォォオオオン!」
夕暮れの魔王城近くの森林。そこに泣章魚の外套膜が震える音が響く。
「お前とは……ここでお別れだ」
「アォオオン……」
「お前は……この広い世界で生きていくんだ」
森林奥地への入り口に、僕とクライング・クラーケンだけ。
僕は森林を指差し、森の中へ行くよう泣章魚に指示をする。
しかし、ヤツはなかなか動かない。
「ほら、行けよ。あっちの世界は楽しいぞ? 面白い動物がたくさんいるし、誰もお前の生活を制約しない。お前は自由なんだぞ?」
「アォォン……」
外套膜の振動音が、本当に泣いているように聞こえる。
僕と泣章魚の目が合う。ヤツの目には、悲しみが宿っていた。
「……僕だって、本当はお前を手放したくない」
「……」
「でも、仕方ないんだよ……これは……」
「……」
昔、僕の先代の主任だった人物はこう言っていた。
『合成されたモンスターは、マスターのことを父親のように想ってるんだ』と。
その父親から出された突然の勘当宣言。
それを受けた泣章魚の驚きと悲しみは計り知れない。
このとき、僕は初めて自分から合成モンスターを野に放すことを決意した。いつも別れるときは、騎士団の兵士に従うように命令を出して騎士団へ送り出すというパターンだ。こういう場合は『仕事だから仕方ない』と自分の中で割り切ることができる。
しかし、今回は違う。仕事相手もいない……誰もいない孤独な空間へ送り出すのだ。それも、僕の勝手な理由で。
「さぁ、行けよ!」
「アォオオン……」
僕は怒鳴った。それに応えるように泣章魚はゆっくりと動き出す。
外套膜から発せられる悲しげな振動音が、僕の決意を揺さぶる。
「そんな悲しそうな声を出すなよ……!」
「アォオオン……」
クライング・クラーケンと僕は泣いていた。
そして、泣章魚は森の奥へ入っていき、木の葉と夜の闇で見えなくなった。
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