5匹目 昼間からの酒

「――っていうことがあったんですよ、ルーシー姐さん」

「あらぁ。それは大変だったわねぇ」


 玉座の間での謁見終了後、僕は研究所に帰還せずに酒場を訪ねていた。その酒場は城の地下にあり、城に勤める魔族なら誰でも利用できる。仕事終わりにそこで飲むビールは格別だ。

 その酒場を管理しているのが、サキュバス族のルーシー姐さん。豊満な体つきのサキュバスで、特に胸がでかい。大きく露出した黒い衣装と色っぽい声で多くの客を虜にしている。


 僕はカウンター席に座り、彼女に向かって愚痴を零していた。

 まだ昼間だが、その日はどうしようもないくらいに酒を飲みたい気分だった。普段、酒も飲むこと自体も少ないのに。


「異世界で『モンスター』と『触手』を使って性欲解消って、どういうことなんだよ」

「さぁ、アタシも異世界の性行為事情は分からないわねぇ。ここの兵士の性事情はけっこう知ってるけど」

「……」


 ルーシー姐さんにはこういうところがある。本人曰く、経験人数は4桁に上るらしい。そもそもサキュバス族は他種族のオスから生気を奪って生命力とする魔族だ。そうなるのも納得だろう。


「そもそも、どうやってを使うんだ? 全然想像できないんだけど」


 僕はカウンターに伏した。酒が回っているせいもあって、アイデアが全然湧かない。


「まだ昼間なんだし、お酒はその辺にしといたら?」

「でも……」

「とりあえず仕事しないと、どんどん状況は悪くなっていくわよ?」


 確かにそのとおりだ。

 何か行動をしないと、事態は発展しないのは分かってる。


 でも、やる気が起きない。

 見えない鎖を全身に巻きつけられているような気分だ。

 このまま、仕事を放棄して逃げ出したい。


「あぁ。こんなことになるのなら、ダーク・ユニコーンの納期を遅らせてでも新魔王反対の決起集会に参加しておくべきだったなぁ」

「でも、仕事の納期遅らせたら、それこそ大変だったんじゃない?」

「まぁ、そうなんですけどね。納品する相手が相手だし」

「誰なの? その納品相手って?」

「デュラハンですよ。首なし騎士の」

「あぁ、あのおじ様ね?」


 首なし騎士のデュラハン。

 肉体のない、黒い鎧だけの男である。


 魔王軍幹部の中でも上位の人物だ。その戦闘能力は桁違いで、幹部の中ではトップクラスに入るだろう。騎士道を重んじる性格で、他人にも自分にも厳しい。そこがまた彼の魅力であり、一部でカリスマ的人気を誇っている。


「きっと、納期を遅らせたら説教されますよ」

「そうねぇ。彼、仕事には厳しいからぁ」

「そうそう」


 そのとき――


「誰が仕事に厳しいって?」


 ドスの利いた低い声。


「え?」

「昼間から酒とは良い身分だな、カジよ」


 振り向くと、目の前には巨大な黒い鎧。

 首なし騎士のデュラハンである。


「あ、どうも。デュラハンさん」


 一気に酔いが醒める。

 さっきの言葉、聞かれちゃったかなぁ。


「あらぁ、デュラハンさぁん。いらっしゃぁい」


 ルーシー姐さんは体をくねくねさせて妖艶に振舞う。


「ど、どうも。いつもお世話になっております。デュラハンさん」

「いや、今日は堅苦しい挨拶は抜きでいい。説教する気もない」

「え?」


 デュラハンは僕の隣の席にガシャッという音を立てて座った。


「そう言えば、昨日届けられたダーク・ユニコーンだが、なかなかよかったぞ。魔術の腕が上達したな、カジよ」

「あ、ありがとうございます」

「それで、ここからが本題となるのだが」


 デュラハンの声に真剣さが篭る。


「お前は、新しい魔王についてどう思う?」

「え?」


 かなりシビアな内容の質問に、僕は一瞬回答に戸惑った。

 どうして、急にそんなことを聞いてくるんだ?


「別に失言を誘ってお前を陥れようとする気はない。私は新魔王反対派だ。昨夜の決起集会にも参加した」

「え? そうなんですか?」

「ええ。昨夜、デュラハンさんはここにいたわよぉ?」


 ルーシー姐さんもそう証言している。おそらく本当のことなのだろう。


「今朝、お前は新魔王を間近で見てきたらしいな?」

「はい。見ました」

「それで、ギルダと新魔王はどんな様子だった? お前の率直な考えを聞かせてほしい……」

「様子、ですか?」

「我々反対派は、どうにかしてギルダから権力を引き剥がしたいのだ。そのためにはどんな些細な情報でも必要になってくる」

「どうしてそこまで?」

「ヤツはすでに権力を使って自分の気に食わない種族を排除しようとする政策の準備を始めている。そうなれば魔族内に新たな争いの火種が生まれかねない」

「そんなことを画策しているんですか、アイツは?」


 ギルダには裏で汚いことをやっている噂が絶えない。

 かつてギルダからの裏切りを受けた種族や彼らと主従関係にある種族が、彼への敵対心を露にしているのだ。武力衝突一歩手前にまで事態が発展したことがあると聞いている。ギルダにとって、彼らのことが疎ましいのは間違いないだろう。

 現在、高い権力を手にしているアイツなら、適当な理由を作り上げて排除政策を実行しかねない。


「そうなる前に、私は何としてでもヤツを止めたいのだ。頼む、カジよ。教えてくれないか?」

「あなただから喋りますけど、このことは他言無用で頼みますよ」

「承知している」


 僕は彼へ知っている全てのことを話すことにした。


 それは、僕にとってデュラハンが信頼できる人物だったからである。

 訓練兵時代の教官は彼だったし、彼と出撃した紛争鎮圧作戦でも世話になっている。当時から彼は活躍しており、その勇姿に僕の同期はみんな憧れていた。そのような経験から、同じ幹部内でも彼とは一番親交が深い。

 

 だから、僕はデュラハンへ謁見中に感じたこと。

 新魔王はギルダの傀儡であること。

 実権を握るための道具として魔王を召喚したこと。


 全て話した。


「ふむ……なるほど。やはりそう感じたか」

「はい」


 どうやら、デュラハンもある程度策略には気付いていたらしい。


「もしかしたら、お前に任せられた仕事が権力を崩す切り札になるかもしれん。あの異世界人の精神や肉体に支障をきたすように仕向ければ、反対派にも攻撃のチャンスが生まれる」

「そうですね」


 ギルダは異世界人のことを完全に理解していない。おそらく傀儡かいらいの術をかけて欲求解消方法を聞きだすつもりだったが、あまりの特殊さゆえにギルダ自身も分からなかったのだろう。それが彼にとっての誤算であり、不本意ながら僕へ協力を仰ぐ手段に出た。

 僕に異世界人の生態に関する知識を補完させ、それを基に魔王の健康状態を長期間維持させるつもりか。


「ギルダはお前が自分たちに協力すると思っているのだな?」

「はい。おそらく」

「なら、お前にはしばらくの間、彼らに協力する振りをしてほしい」

「え?」

「彼らに何か動きがあれば、逐一私へ報告してくれないか? 反対派にとって有益な情報が得られるかもしれない」


 僕が反対派のスパイとして活動?

 まさかの展開だ。


 何だか、話がすごい方向に進んできたなぁ。


「今は、どうにかギルダから任せられた仕事を巧く切り抜けてくれ。うまく口実を作って成果を出すのを遅らせるんだ」

「はい」

「もしかしたら、同時進行で彼らも解消方法を模索しているかもしれん。先に解消方法を見つけることも必要になる可能性も考えておいた方がいい」

「分かりました。やってみます」


 こうして僕は新魔王反対派のスパイとして潜り込むことを命じられた。


 魔族内の二大勢力によって翻弄される僕。

 正直、デュラハンもギルダ並みに実力があるので恐ろしい男だが、僕と同じ新魔王反対派で仲間であるなら心強い。いざとなれば、こちらに駆け込むこともできるだろう。


「全く、ギルダめ。とんでもない事態を引き起こしてくれる」

「そうですね」

「『聖剣エクスカリバー』の件で、魔王軍は手一杯だというのに」

「聖剣エクスカリバー? 何の話です?」


 そしてデュラハンは次のような一言を発した。


「帝国軍が古代兵器『聖剣エクスカリバー』を発掘したという情報が入ったのだ」

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