4匹目 召喚士の傀儡

 その翌朝のことである。


「カジ・グレイハーベストだな?」

「そ、そうですけど……」

「魔王様がお呼びだ。来い」


 僕の研究室に召喚士サモナーの下っ端が訪れた。

 そいつの確か名前はヴァンパイア族のユーリング・ブラオン……だったかな? 高身長、厳つい顔をした男だ。髪はオールバックでまとめ、目には冷酷さが宿っている。

 現在、魔族内での実権を握っているのは彼の直属の上司である召喚士ギルダだ。そのためか、ユーリングの態度はやけに偉そうに感じる。


 何なんだよ、こんな朝早くから。

 昨日の儀式やら残業やらで、こっちはクタクタだっていうのに。


「な、何でしょうか? こんな早朝から」

「詳しい用件は玉座の間で説明する。いいから付いて来るんだ」

「えぇ?」


 こんな感じで半ば強引に新魔王のおっさんが待つ玉座へと連行されたのだ。








     * * *


「よく来たな。カジよ」

「あ、はい。おはようございます」


 豪華な装飾が施された玉座には、新魔王の冴えないおっさん。その横に、おっさんを召喚したギルダが立っている。彼はいつものように薄ら笑いを浮かべていた。


「昨日の儀式でもすでに見ただろうが、こちらのお方が新しい魔王様となられる」

「そ、そうですか」


 ギルダはおっさんに手を向けた。


「魔王様はこの世界の言語を習得する最中で、まだ貴様とは会話することは不可能な状態だ」

「は、はぁ」


 僕はおっさんの顔を見た。

 彼は目が虚ろで、口が半開きの状態になっている。

 これは明らかに彼の様子がおかしい。


「あの、おっさ……じゃなくて、魔王様の様子が何かおかしいですけど、大丈夫ですか?」

「あぁ、異世界からこちらの世界へ来るには、膨大なエネルギーを消費するのだ。今はその影響で疲れてしまっているのだろう」

「そ、そうですか」


 嘘だ。


 召喚士ギルダはおっさんに『傀儡の術』を使用したに違いない。


傀儡かいらいの術》

 その名のとおり、術をかけた対象を自分の操り人形にする魔術である。


 ここで、僕はギルダの策略を察知した。


 おそらく、召喚したおっさんを自分の傀儡にすることで、ギルダの思い通りに政治を運ばせる計画だったのだろう。


『召喚に成功した場合、その者と我々に権力を持たせてもらえませんか?』


 僕は会議中の彼の発言を思い出した。

 そして、現に彼は召喚に成功している。

 今、契約書の内容は実行され、魔族の権力はギルダのものだ。おそらく、汚い手を使って大臣をも丸め込んだのだろう。


 つまり彼にとって、異世界から召喚される人物は誰でもよかったのだ。彼の計画の根幹は、召喚した人物を操り、自分たちが魔族内の実権を握るところにあるのだから。


 僕は再度、おっさんを凝視した。

 生気のない肌、定まらない視線、だらんと垂れた腕、傀儡の術をかけられた人間に現れる特徴だ。素人の目でも判別できる。他にも、言語能力や計算能力が極端に落ちているはず。


『言語を習得できていない』

『この世界に来るときにエネルギーを消費した』


 この症状を誤魔化すための苦しい言い訳にしか聞こえなかった。

 だからといって、今の僕にはどうすることもできないが。


「そ、それで、僕を呼んだ理由は何でしょう?」

「あぁ。新しい魔王様がこの世界に早く慣れてもらうためには、向こうの世界での生活を一部再現する必要があると考えたのだ」

「はぁ……」


 そう来たか。


 傀儡の術は基本的に無生物・生物に関係なくかけることができる。

 ただし生物にかける場合、その生物の欲求を度々満たさないとすぐに体がボロボロになってしまう。

 例えば犬にかける場合、食欲・睡眠欲・排泄欲といった犬の生物的欲求を満たさないとすぐに死亡する。疲労回復や栄養補給できないと、体に大きな負担がかかってしまうためだ。

 もちろん、使い捨てで傀儡にする場合にはそんなこと無視しても構わない。

 だが、召喚士はおっさんを長期間操るつもりなのだろう。そのためには、おっさんの生物的欲求を解消しなければならない。

 ギルダはこの欲求解消の手伝いを僕にさせる気なのだ。


「ショクシュ……ショクシュ……モンスター……」


 おっさんが涎が垂れた半開きの口で何かを喋る。

 向こうの世界の言語で喋っているようで、僕には何と言ったか聞き取れなかったが……。


「あの、おっさ……じゃなくて、魔王様は何と仰られたのですか?」

「我々の解析の結果、向こうの世界の言語で『触手』と『モンスター』と仰っていることが判明した」

「触手?」


 触手って、アレだよな?

 イソギンチャクとかが持つ器官だよな?


 どうして、おっさんはそんなことを口に出しているんだ?


「おそらく、この『触手』という言葉は魔王様の性的欲求解消に関係すると思われる」

「えぇ? 性的欲求に関係してるんですか?」


 どういうこと?

 一体、『触手』と『性的欲求』がどう関係するんだよ。

 何の脈絡もないじゃん。

 異世界の性行為事情はどうなっているんだよ?


 僕は困惑した。


 そして、ギルダは僕に衝撃的な依頼を突き付ける。


「そこで、貴様には魔王様の性的欲求を満たすための方法を探ってもらいたい」

「えぇ?」

「『触手』と『モンスター』が魔王様の性的欲求に関わっていることは確実なのだ。『モンスター・デベロッパー』の貴様なら近い研究分野だと思われる」


 いやいや!

 そんな異世界の性行為事情なんて分かるはずねぇよ!

 それに、僕の研究分野と全然近くねぇよ!

 何言ってんだ、このインチキ召喚野郎!


 と言ってやりたかったが、上司にそんなことを言えるはずがない。


 だが、これで召喚士ギルダが僕を呼び出した目的はハッキリした。


 人間の男性を長期間傀儡にしておくためには、性的欲求の解消もしなければならない。元からそういうことが盛んな人間の場合、解消をサボっているとストレスが溜まって対象の言動がおかしくなるらしい。寿命も縮まるというデータもある。


 召喚士はおっさんの言動がおかしくなる前に、僕に手を打たせたいのだろう。彼の言動はもう十分におかしいけど。

 ギルダが長く政治を握るための道具として、このおっさんを利用するつもりなのだ。


 どうしてこんなおっさんの性的欲求を僕が解消させなくちゃならないんだよ!


 この仕事は断ろう。

 そう考え、僕は口を開いた。


「あの、実は僕――」


 新魔王反対派なんです。


 と言おうとしたところで、僕は背後に気配を感じて振り返った。


「えぇ……」


 僕のすぐ後ろで、ユーリングが腰の剣に手をかけているではないか。彼は僕を睨みながら見下ろしていた。


「あ、どうも」

「……」


 こんな状況で召喚士の命令を断ったら、確実に僕の首が地位的にも物理的にも飛ぶ。


「……」

「どうした? カジ・グレイハーベストよ。まさか『新魔王への忠誠心はない』とでも言うんじゃないだろうな?」

「そ、そんなわけ、ないじゃないですかぁ」


 忠誠心なんかないよ! ないに決まってるだろ!


「まぁ、そうだろうな。情報ではと聞く。つまり、新魔王に忠誠を誓ってくれているということだな?」

「え、えぇ。まぁ」


 違うんだよ! 仕事が忙しかったんだよ!


「それでは仕事を頼んだぞ。カジ・グレイハーベストよ」

「は、はい」


 結局、僕はその仕事をほぼ脅迫みたいな感じで引き受けることになった。

 何か、とんでもないことになっちゃったなぁ。


 果たして、この仕事はうまくいくのだろうか?

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