3匹目 モンスター・デベロッパー
新たな魔王召喚の儀式には、魔王城に勤める全ての魔族に参加命令が出た。新しいリーダーを全員でお迎えしなければならないようだ。
僕も儀式に呼ばれた一人である。僕も魔王城に勤める者であり、強制参加の命令が出たのだ。僕は魔王城の仕事場に残っている雑用を後輩に任せ、魔王召喚の儀式へと向かった。
異世界から呼び寄せるのだから、きっと僕らの想像を超えるようなすごいヤツが出てくるのだろう。
そんな期待を寄せながら、僕は儀式を見守った。
しかし――
「え……何あれ……普通のおっさんじゃん」
召喚されたのは先代の魔王の偉大さの片鱗も感じられないようなしょぼいおっさんだった。頭は禿げかけているし、顔のパーツも整っていない。腹は内臓脂肪で妊婦みたいに出っ張っているし、足も短い。おまけに変な服装をしている。
「あの格好……ダサいよな……」
この事態に、魔族内部では意見が分かれている。
* * *
その儀式は魔王城の旧・玉座の間で行われた。参加命令の出た魔族がそこに集結し、まるでお祭りでも開催されるかのように賑わっていた。みんな、新しい魔王に期待を膨らませていたのだ。
――儀式前は。
しかし儀式終了後、新しい魔王を見てからその賑わいは一変した。旧・玉座の間は新しい魔王や召喚士に対する愚痴や不安を喋る場になっている。
「あんなヤツが俺たちの上司でいいのか!?」
「いいわけないだろ! あんな威厳のなさそうなヤツ!」
ほんと、どうしてあんな人間のおっさんが魔王なんかになっちゃったんだろう……。
この後みんな魔王城の地下にある酒場で、新魔王を認めないことを表明する決起集会を開くらしい。
「おい、お前も集会に来るんだろ?」
「……すいません、またの機会に参加しますので」
しかし僕は職場に仕事を残しており、その集会への参加は断った。もちろん、断ったからといって新魔王を認めているわけではない。いつか仕事が落ち着いたときに新魔王就任への反対を表明するつもりだ。
城内の廊下を歩いて仕事場に戻ろうしたとき、僕の視界に見覚えのある人物が映る。
ピンと立った耳、巨大な牙――
「よぉ、お前も儀式に呼ばれたのか?」
僕に話しかけてきたのは
僕が子どもの頃、家が近所にあり、読み書きや武術の教育でよくお世話になっていた人物だ。
「えぇ、僕もこの城に勤めてますから……」
「そうか、お前、この城でモンスター・デベロッパーをやってたもんなぁ」
そうなのだ。
僕は現在、魔王城で『モンスター・デベロッパー』という職業に就いている。
簡単にその業務内容を説明すると『モンスターの品種改良をする』とでも言うのだろうか。強力なモンスターを開発しては騎士団などに預け、戦場で役立ててもらうというのが仕事だ。
魔族と人間との戦いが激化している現在、高火力なドラゴンや耐久能力の高いスライムなど、強力な生物兵器開発が求められている。
そして現在、僕はこの城に勤めるモンスター・デベロッパーの主任まで昇進した。これはかなり高い地位にいると言えるだろう。
「そうだったそうだった。あの坊主がよくここまで昇進したよなぁ」
「ありがとうございます。皆さんが僕を支えてくれたおかげですよ」
「いやいや、礼は行動で示してくれよ。今度、俺に強いモンスターを作ってくれ」
こんな感じで、僕のところへ『強力なモンスターを作って欲しい』と依頼が来る。僕は彼らの要望に答え、戦場で使うための生物兵器を開発するのだ。
僕が主に作っているのは飛竜である。これまで戦場に何匹も送り出し、帝国軍の兵士を撤退させてきた。そんな功績が認められ、僕はモンスター・デベロッパーの主任に抜擢されたという経歴がある。
「分かりました。どんなモンスターがいいですか?」
「そうだな……飛竜なんて作れるか? お前が作った飛竜は強いって評判だからな」
「分かりました。今度、騎士団を通じてお届けしますよ」
「あ、お前は新魔王就任反対の決起集会に参加しないのか?」
「あんな弱そうな魔王を上司として認めたくはありません。でも、今は仕事が残っているので今回はパスさせてもらいます。一応、仕事を後輩に任せてきたんですけど、ソイツはちょっとドジなヤツで」
* * *
僕は仕事場へ戻った。魔王城の隅に作られたモンスター・デベロッパー専用の研究所である。
「ただいま、ニルニィ」
「あ! せ、先輩! お待ちしてました!」
僕が研究所のドアを開くと、仕事を任せていた後輩が僕に寄ってきた。
ぶかぶかの白衣をパタパタとなびかせながら、ぎこちない走りを僕に見せるのは僕の助手――ニルニィ・ヴァイスクリアだ。低身長な女の子で、顔も子どもっぽい。
「ど、どうでしたか!? 新しい魔王は!? どんな姿で、どんな能力を使えるんです?」
「おっさんだった。能力は不明」
「え?」
「それよりも――」
僕は低身長の助手を見下ろした。
「僕が任せた仕事は終わらせてくれた?」
「あのぉ、えっと」
「今、デュラハンから依頼されている『戦闘用ダーク・ユニコーン3頭の納品をしろ』って言ったと思うんだけど?」
「言って……ましたね……」
ニルニィの目が泳ぐ。
これは確実に何かを隠しているときの顔である。
「……すいません。やってません。ダーク・ユニコーンのレシピが分からなくて」
「はぁ……」
――やっぱり、こんなことだろうと思った。
正直、彼女は僕の助手には向いてないと考えている。モンスター合成に関する知識が薄いし、作業が大雑把だからだ。それを本人にも伝えたことがあったが『私はあなたの助手を勤めたいんです』と反論された。
こんな助手を抱えていると僕の苦労も大きい。
「じゃあ、これから合成するから手伝え。このメモに書いてある材料を倉庫から取り出して実験場に持って来い」
「は、はい!」
僕はその辺にあった紙切れにダーク・ユニコーン合成に必要な素材を書き出し、ニルニィに渡した。彼女が棚から材料を取り出す間、僕は研究所の奥にある実験場への扉を開ける。
「さてと……」
僕はポケットから白いチョークを取り出し、岩石で構成された床に魔法陣を描いていく。
「せ、先輩! 素材を揃えました!」
「よし。じゃあ、ユニコーンの角を魔法陣の中央に――」
モンスター合成の魔術を実行するには、まずベースとなるモンスターの素材を魔法陣の中央にセットする。今回のダーク・ユニコーンは原種のユニコーンがベースとなるので、ユニコーンの角をチョイスした。
そして、攻撃性や移送速度を増すために、獰猛な肉食獣の素材をベース素材の周囲に並べていく。
最後に、契約者――つまりは生み出すモンスターの主――その血液を魔法陣の線に塗る。僕は自分の指の皮に小さな傷を作り、そこから染み出す血液を魔法陣に擦り付けた。
これで合成の準備は完了だ。
「顕現せよ。我が
僕がそう呼びかけると、魔法陣は光りだした。
「ギャオオオッ!」
並べたモンスターの素材が、光の中で合成されていく。獣の鳴き声が実験場に響いた。
「合成完了」
魔法陣の中央に作られたモンスターが現れる。
黒い毛皮と赤い鬣を持つ、巨大なユニコーン――。
僕が作りたかった戦闘用ダーク・ユニコーンだ。
原種のユニコーンと比べ、攻撃性と移動速度が桁違いの個体である。踏まれた人間がバラバラになるほどの怪力の持ち主で、数十時間連続で走り続けることが可能だ。こいつを扱うには熟練した技術が必要となる。上級魔族にとって、こいつを乗りこなすことはステータスになっており、最近は受注の数も増加傾向にある。
「よし。あと2頭連続合成する」
「分かりました、先輩!」
これが僕とニルニィの日常だ。
僕らはこんな感じで日々魔王軍に貢献していた。
* * *
この翌日、僕のこうした活動はある変化を迎えることになる。
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