第2章 触手の開発
2匹目 魔王、死す
話は数ヶ月前に遡る。
この世界は人間が支配する『帝国』と、魔族が支配する『魔族領』に分断されていた。
お互い、領土や資源を奪うために睨み合い、度々紛争が発生する。剣や魔法を使い、血で血を洗うような応酬が毎日のように続いていた。
強力な兵器の開発、その兵器を動かすための資源搾取、兵士を確保する徴兵制度、領土拡大を誇示する移民政策――そんな情報が日々更新されていく。
そうした情勢が不安定な時代だからこそ、各勢力は強いリーダーを求めていた。
自分たちを勝利へと導いてくれる強いリーダーを。
* * *
そんな中、魔族領のトップである魔王が老衰によって逝去する。数百年にも渡って魔族を導いてきた彼の政治はこれによって幕を閉じた。
これを受けて、大臣・魔王軍の幹部などの高ランク魔族が魔王城に集結し、次の魔王を決める会議が行われたのだ。
「では、次の魔王は俺が行う」
「寝言は寝てから言いたまえ。君が王に相応しいとは思えない」
「じゃあ誰が王になるのよ?」
ちなみに、魔王軍幹部の一人である僕もこの会議には出席していた。
ただ、僕は幹部になりたてのペーペーで、上級魔族たちの会話に口出しすることは許されない。僕は幹部内でのヒエラルキーも最底辺で、魔術・体術を総合した実力も最下位。従えている部下の数だって最下位だ。そんなヤツが口を出したところで、邪魔者扱いされるだけ。
僕は何も発言せず、隅っこの席でじっと会議が終了するのをひたすら待つ。これが窓際族というヤツなのだろう。
会議中、一度だけ挙手をしてみたが――
「あの、すいません」
「何でしょう?」
「あそこの席の大臣のお茶がなくなりそうなので、注いであげてください」
「かしこまりました」
僕にできたのは、こんな会話だけだ。会議場の隅に立つダークエルフのメイドにそっと指示をする。あぁ、早く会議終わってくれないだろうか。
* * *
結局、僕の願望を踏みにじるように会議は紛糾し、数日間も続いた。
僕の体力・精神力ともに限界に近づいた頃、参加した魔族たちはとある意見に辿り着く。
「私の提案をお聞きいただけますか?」
「何だ?」
「異世界から新たに魔王となる存在を召喚するというのはいかがでしょう?」
その提案をしたのは、
そして発言した彼は、魔王軍の幹部で、名前はギルダ・リーラアンス。白く格調高い軍服に身を包み、常に薄ら笑いを浮かべている。若いが頭のキレる男で、幹部内での実力はトップを争う。裏では汚いことをやっているという噂が絶えない人物だ。
「異世界から召喚だと?」
ギルダの発言に興味を惹かれたのか、大臣が彼に尋ねた。
「ええ。異世界には我々の想像を遥かに超えるような力を持った存在がいるのです。彼らのうち一体を呼び寄せて我らの王とするのですよ」
「そんなことが可能なのかね?」
「はい。私たち、
ギルダは手を後ろで組み、微笑みながら大臣たちに自分の考えを話す。
「大した自信だな。やってみればいい」
「もし、召喚に成功した場合、その者と我々に権力を持たせてもらえませんか?」
「むぅ……いいだろう。うまくいったら、それを許可する」
「ありがとうございます。それでは準備に取りかかりますよ……」
こうして、彼の発言を基に作成された契約書にギルダは調印し、議会は終了した。
ギルダはニヤリと笑い、会場を後にする。そして、異世界召喚の儀式の準備に取りかかるのだった。
* * *
西暦2016年・地球
彼の左手にはコンビニの袋がぶら下がっており、その中には『月刊アリゲーター』という成人コミック雑誌が入っている。二次元の世界を舞台とした作品を多く扱う雑誌で、魔物や宇宙生物などがヒロインに色々なことをするのがコンセプトだ。
特に彼のお気に入りは、『金髪女騎士が触手生物に色々される』というシチュエーションだ。これ以外の内容で一人遊びをしたことがないほどである。
「今月号も買っちまったぜ」
甲斐田は実家暮らしで、生活費は両親に頼っている。
その日も雑誌を買うため、母親の財布からそっと千円札数枚を抜き取って家を出た。
「まったくあのババア、もっと小遣い増やせよな」
そのとき、甲斐田の視界が暗くなる。
「な、何だ?」
住宅街には街路灯が多く設置されており、周辺は十分に明るかったはずだ。彼は辺りを見回したが、今は星の明かりすら見えなかった。
「どうなってるんだ一体……」
* * *
視界が戻ったのは数秒後。
彼が立っていたのは夜の住宅街ではなく、聖堂のような場所だった。床には魔法陣らしき模様が描かれ、その丁度真ん中に立っている。
「ど、どこだよ、ここは!」
彼の目が暗さに慣れ始める。聖堂全体をよく見ると、彼の周りで得体の知れない何かがたくさん蠢いているのが分かった。
それらは赤色に光る目玉で彼を捉え、睨みつけていた。
「ひぃっ!」
その何かは徐々に彼へ近寄り始める。その正体は骸骨、人狼、ゴブリンなど様々だ。
そして彼らは甲斐田に跪き、こう言った。
「異世界から召喚されし我らの新しい魔王、どうか我らを導いてください!」
「え、何これ?」
* * *
そのとき、僕もその召喚の儀式に参加しており、魔法陣を囲む魔族たちの列の中からその様子を見ていた。
「え、何あれ?」
僕は召喚された魔王を見て頬が引きつった。
魔法陣の中央に現れたのは、奇妙な格好をした人間のおっさんだったのだから。
召喚士直属の部下たちは彼に向かって跪いている。
しかし、僕はそれを躊躇った。
だって『異世界から強大な力を持った魔王が来る』と聞いていたのに、その外見は想像よりもしょぼかったのだから。もっと、大きな角が生えているとか、筋肉がムキムキとか、そんなのを想像してたのに。
「あの、あれが新しい魔王ってことでいいんですよね?」
「多分……」
参列した他の魔族も戸惑い気味だ。
このとき、ギルダと、彼とは別の派閥にある魔族でかなりの温度差が生じていた。召喚士は新しい魔王の誕生に喜び、僕らは蒙昧している。果たして、あの魔王の実力はいかほどなものか?
そんな感じで、僕ら魔族には新しい魔王ができたのだった。
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