ふたりの時間
木陰を選び、広げたブランケットの上で、ルカがバスケットの蓋を開ける。
なかに入っていたのは、平たくもっちりと焼き上げたパンに数種の具材を挟んだパニーニだった。
食べやすい大きさに切りわけられていて、切り口から覗く具材はスモークサーモンとリコッタチーズかしら。トマトやルッコラと一緒に、生ハムを挟んだものもある。
出された食べ物に罪はないし、美味しそう、と思って眺めていると、昼食の準備を簡単に終えたルカが、おもむろに立ち上がった。
「では、ごゆっくり」
「……戻られるの、ですか?」
わたしがたずねると、はいと笑顔で頷き、ルカが応えた。
「別の用事を頼まれていますので、そちらが済みしだい、お迎えに上がります」
それはつまり——。ルカが迎えに来るまでは、シエロとふたりきり……ということ?
どうすればいいの。まだ、この場所に案内された趣旨も聞いていないというのに。
いまさらながら置かれた状況に困惑しつつ、わたしは戻っていくルカを無意識のうちに目で追っていたようで。
いつのまにか隣に立っていたシエロが、ルカを見送りながら口を開いた。
「彼には、あなたがお連れになった侍女の教育係をお願いしてあるのです」
「ソフィアの?」
「ええ。なかなか聡明な女性のようですね」
「はい! ソフィアですから」
困惑はどこへやら。ソフィアの近況を予期せず知れたことも手伝い、自分自身が誉められたようで、とても嬉しく感じる。
「彼女はあなたにとって、大切な人なのですね」
「家族だと、わたくしは思っております」
心からの笑みをシエロに向けると、わたしにも微笑みが返ってくる。
「でしたら一日も早くあなたのもとに戻れるよう、便宜を図ったほうがよさそうですね」
「本当……ですか?」
「ルクスさまは多忙でいらっしゃいますから、気心の知れた者がひとりでもいれば、あなたも寂しく過ごさずに済むでしょう?」
ようやくソフィアと会える。それも無事に、なにごともなく。そう思い、気が緩んだのかもしれない。いいえ、絶対にそう。
そのとき、ぐう、という音を、わたしのお腹が無遠慮に響かせた。
その音は確実に、シエロの耳にも届いたはずなのに……。さすがと言うべきなのかしら。
「そろそろお腹も空きましたし、座って、食べましょうか」
そんなふうに、わたしのお腹の主張を代弁し、さらりと流してくれる。
それでも聞こえてしまったのは疑いようもなく——。恥ずかしさに頬が火照るのを感じながら、わたしは食事の席に着いていた。
テーブルも椅子もない、ブランケットの上なのだけれど。
「……美味しい」
手にしたパニーニの、期待を裏切らない美味しさに感動を覚えつつ、誰かと一緒に食事をするのが久しぶりだということに気づく。
そもそも男性との食事自体、慣れていなくて。お腹が鳴ってしまったこともあり、最初は戸惑いも感じていたはずなのに。それさえも忘れ、思わず声にしてしまった美味しいという感想に、シエロが同意の笑みを見せる。
「テーブルマナーを気にする必要もありませんしね」
そうは言うけれど、さきほどから見ていても、シエロの食べかたは綺麗で、不快感はない。ただ、わたしが三口かかるところを、彼はひと口で食べてしまう。
余るのではないかと心配するほどの量があったバスケットの中身も、あっというまに片づいていた。
「私を観察なさっていても、なにも面白いことは起きませんでしたでしょう?」
「…………」
じろじろと、見ないようにしていたつもりなのに——。気づかれていた。そこに意地の悪さを感じはしたけれど。さすがに、興味深く拝見しておりました、とは言えず。
返答に迷っていると、さきにシエロが口を開いた。
「せっかく景色のよい場所にお連れしたのですから、私よりもあちらをご覧ください」
片腕をすっと伸ばしてシエロが示したのは、海の方角だった。
雲ひとつない、抜けるように青い空の下。右手に目を向けると、ぎゅっと詰め込まれた玩具箱の中身のように、ジュラーレの港街が広がっている。
弓を描く海岸も見渡せ、そのなかほどにある港湾には、国籍を問わず、大小さまざまな船が入港、停泊していた。
正面、はるか遠くには、帆を張り海原を割って出港していく、一隻のガリオン船も見える。
「リベルタス領はサンファーロ王国にとって、失うわけにはいかない生命線なのです」
ぽつりと言葉を零したシエロも、わたしと同じ帆船を見つめているようだった。
「いまは中継港として重要視されていますが、航海技術の進歩により、その役目を終える日が近い将来訪れる。その可能性は、つねに視野に入れておかなければなりません」
ひとりごとのようにシエロは続ける。
「そのときまでに、他国にとって有用となるものを持ち得ているか否かが、この国の運命を大きく左右する」
それはまるで、この国の衰退を暗示するかのような物言いで。わたしは口を差し挟まずにはいられなかった。
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