停滞する日々
サンファーロ王国の第二王子、ルクスがジュラーレ公爵の称号を授けられたのは十一年前。リベルタス領の前領主、王弟レオパルドが自ら起こした不祥事により、退陣を余儀なくされた、そのすぐあとのこと。
当時、ルクスは八歳だったという。
同時に彼は、リベルタス領の統治も任されたのだけれど。
彼の年齢を考えてみても、それは表向きの話だと推測でき、実情は、彼の生母で王の側室、ミネルヴァが
根拠は、サンファーロ王国最大の港街があるジュラーレを、リベルタス領が擁しているからにほかならない。
称号の由来地でもあるジュラーレは、東西交易航路において主要な中継港。入港料を始め、落とされる外貨は巨万の富を築く。
事実、ジュラーレに建つ城館に暮らす、ミネルヴァの自由な振る舞いと豪奢な生活ぶりは、王国中に知れ渡っていた。
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なんて、少女趣味なの。
与えられた部屋を一見し、抱いた感想はそのひとことだった。
天蓋つきのベッドに、ゆったり寝転べる大きさのカウチソファ。それからテーブルや椅子も。置かれている家具は、すべて白色を基調としていて。
なかでも目を惹いたのは、ソファや椅子の座面と
それら多彩な色糸を使用し、写実的に表現する技法は熟練度も高く、予期せず目にした美しさに、思わずわたしも見入ってしまったのだけれど。
ベッドの天蓋から落ちるドレープカーテンや、壁に貼られたクロスまで、同じ図案の絹織物。
ただ、高価な品であろうことに目を瞑れば、エントランスホールのようなごてごてしい派手さはなく、最初にこの部屋へと案内されたときには、正直、安堵を覚えた。
それもいまでは、ずいぶんとまえの出来事のような気がしてくる。実際はリベルタス領入りをして、まだ、一週間しか経っていないのだけれど。
初日以来、婚約者であるはずの、公爵の顔は一度たりとも見ていなくて。義母となるミネルヴァに至っては、城館にいる気配すら感じさせない。
とくに気を滅入らせるのは、食事も別々だということ。わたしの食事はこの部屋に用意され、同席してくれる相手もおらず、ひとり虚しく食べる日々が続いている。
おかげで、つぎに公爵と顔を合わせるのは、三週間後に予定されている婚儀の日になるのではないかと、心中には危惧が渦巻き始めていた。
あげくには、本当に婚約者として迎え入れられたのか、その真偽すら危ぶんでしまう。
けれど、すべてが蔑ろにされているわけでもなく、待遇だけ見れば、賓客の扱いを受けていると感じられた。
とくに侍女であるニーナの働きはかいがいしく、そつがない。表情の乏しさと淡々とした口調を除けば、受け応えもしっかりしているし、仕事ぶりに文句はなかった。
ただひとつ。衣装の話となると、彼女は常よりも饒舌になるような気がする。
げんに、いまだってそう。わたしが着ているドレスの背を飾る、腰のリボンを綺麗に結び終えた、そのすぐあとのこと。
「こちらのお召物も、王都の仕立屋、オリーゴのものですね」
姿見を介してわたしと視線を合わせたニーナは、そう断定していた。
対して彼女と並び立つ、姿見に映ったわたしは困惑の表情を浮かべる。
背に流れるのは金茶色の髪。柔らかくて綺麗だと、ソフィアから唯一羨ましがられているこの髪は、ゆえに
紫がかった青い双眸には自信のなさが滲んでいた。
そんなわたしが着ているのは、襟の詰まった藍色のドレスで。装飾は控えめ。胸もとや袖口に使われているレースは精緻で美しくはあるのだけれど。ドレスと同色。
言ってしまえば、ニーナが着ている若草色のドレスよりも地味に見える。
袖さきのカフスから覗くレースの量感、それからスカートの膨らみも、明らかに負けていて。ニーナは薄地の白い前掛けを身につけているのだけれど、清楚さを感じさせるその装いは、ドレスを引き立てこそすれ、価値を損なうものではなかった。
これはニーナに限らず、ほかの侍女たちと比較してみても同じことが言えた。
それもそのはず。彼女たちのワードローブは、その大半が、もとはミネルヴァの持ち物で。もう着ないからと、
これもニーナが教えてくれたのだけれど、近年の流行はミネルヴァが先導しているので、頂き物といっても、最先端のデザインなのだそう。
ただ、どこがどう新しいのか。ニーナの説明は終始、異国の言葉を聞かされているようで……。わたしにはさっぱり理解できなかったという真実は、繰り返し説明されても困るので、伝えていない。
けれど、これだけは確信が持てた。ニーナがドレスに詳しいのは、疑う余地もなく、ミネルヴァの影響だということ。
しかも流行が廃れるまえに、侍女へとドレスを譲るだなんて。それだけ頻繁に衣装を仕立てている証拠なのではないかしら。
零れそうになる溜息をこらえる。
そしてわたしは、ニーナが口にした仕立屋の屋号を思い出す努力を、そうそうに放棄していた。
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