3 リグと猫。

 放課後。

 本来ならば塾に足を向けなければならない時間だ。だけど、僕は森の中にいた。森の中の、昨夜すごしたあの小さな家の前に。

 初夏の陽はまだ明るい。森の木々が、ほんの少し夕日色に染まってるだけ。


 彼はいるだろうか。


 昨夜と同じ建物を目にしてるのに今更、彼の存在は夢だったんじゃないかと思えてくる。

 家の小さなドアから、あのセクシーな白猫が出てきて、森の方へかけて行った。

 夢じゃない。少なくとも、セクシーな猫は実在している。

 僕はでかい音を立てて生唾を飲み込み、扉の前に立ってノックしようと固めた拳を胸の高さまで上げた。


「ロルフか?」

「ひゃ!」


 突然した後ろからの声に思わず飛び上がった。振り向くとリグがいた。


「入りたいなら入れ。別にこの家は俺のじゃないし、猫たちもお前を気に入ってるらしい。遠慮することはない」


 リグだ。夢じゃなかった。

 だけど今日の彼は“闇”じゃなかった。今は白いシャツにジーンズ姿だ。街に出ても普通のおにーさんとして溶け込めるのではないだろうか、と思う。思わず呆然と立ち尽くしてしまった。


 いつまでもノーリアクションの僕に痺れを切らしたのか、彼はドアの前に立つ僕に、手を横にはらうしぐさをする。『どけ』と言っているんだろう。慌てて身を横に寄せる。

 一緒に建物に入って、今日も彼の背中ににわとりを追いかけるひよこみたいについていく。


「きょ、今日は黒くないんだね。……服」

「飯を食いに行ってた。スーツなのは《仕事》の時だけだ」

「……食うんだ。めし……」


 何でだか意外だ、と思ってしまった。彼が普通の人間として、普通に食事でエネルギーを摂取してるなんて……なんか不思議……。

 彼が突き当たりのドアを開く。


「腹が減れば体が要求してくるからな。生きてるものとして当たり前の摂理だ」

「う、うん。そりゃそうだよね」


 部屋の中に入ると今日も猫たちはノーリアクション。昨夜は暗くてよく見えなかったから、日の光の中で見るとずいぶん印象が違う。たくさんならべられている本棚の上で、猫たちは置物みたいに眠ってる。昨夜と比べると数が少ない気がするけど昨夜見なかった猫もいる。一体どれだけの猫がここをねぐらにしているのか。


 リグは昨夜と同じにベッドに腰をかけ、上の服を脱いで、そしていきなり寝転んで目を閉じた。


「ちょっ……! 寝るのかよ! 訪ねてきた人間がいるってのに?」


 僕の抗議に彼は片目だけ開いてこちらを見る。


「僕はあんたに用があってきたのっ」


 彼の視線が猫たちへ動く。


「こいつらを見に来たんじゃないのか?」

「ちがうよ!」


 じっ……と黒い瞳で見つめられる。相変わらず何の感情も読み取れない瞳で。身じろぎ一つしない、寝転んだままで、彼は口を開いた。


「お前のことは殺さない」


 要求を述べる前に答えが帰ってきた。


「いやだ」


 僕は冷たい床の上に座り込んで胡坐を掻く。


「今日は殺してくれるまで帰らない」


 ようやくリグは体を起こした。腕を持ち上げてさっき入ってきたドアを指差す。


「廊下の扉は一応トイレと風呂だが、水が止まってる。するときはどこか外でする方がいい」


 ――こ、こいつは……。


 顔が引きつったがめげずに話しを続ける。


「そんなことが聞きたいんじゃないんだけど」

「ずっとここにいるんだろ?」

「そーだね。あんたが殺してくれるまでね」

「食い物は自分で調達してきてくれ。裏口から出てまっすぐ行ったところに店がある。そこが一番近いか」

「だーかーらーさー!」

「俺がお前の要求を呑むことはないが、お前がそこで胡坐を掻き続けるのは勝手だ」


 会話にならない。やはり彼は人語を解さないのではなかろうか。……なんて今更だけど思う。

 リグの足元に今日は茶色い猫が寄ってきて、彼はまたイチャつき始めた。


「ああーー! もぉおううぅう!」


 掻いた胡坐を貧乏ゆすりして、床に爪を立てて猫の爪とぎよろしく掻き毟った。


「もしかして金? あれ、あんたの《仕事》だって言ってたよね?」

「お前に金は関係ない」

「ならどうしたら殺してくれるのさ!」

「どうしたらもなにもない。おまえのことは殺さないと言っただろう」

「だあっ!」


 僕がこんなに必死なのにリグはなんでもないってな無表情で、猫を優しくなでている。

 茶色い猫が顎を撫でられてゴロゴロノドを鳴らしている。もう片方の手は手櫛をかけるみたいにゆっくりと背中の上を滑っていく。これ以上大切なものはないというように繊細に、ゆっくりと。長い指が滑っていく。


 彼はまたベッドに寝転がって胸の上に猫を置いて、自分の指を舐めさせていた。やっぱりまるで恋人同士みたいに見える。昨夜の白猫だけじゃなく誰でも恋人なのかあんたは。


 ガキだと思って手玉にされてる? 実はこっそり面白がってる? それともやっぱりこの人も僕を理解してくれないのかな。


「ねぇ。こいつら名前ある?」

「さぁな。俺は知らない」

「そう……」


 天窓を見上げる。空が紅く染まりつつある。――なんか切ない。

 一番近くにいる猫のところまで四つん這いで近づく。太っちょでふてぶてしく寝そべっている黒猫にそっと手を置いた。そしたら「フーッ」と不機嫌な声を上げられた。どうやら誰も彼もが友好的と言うことではないらしい。――そうか、ダメか、ボスだな。君はこれから名前はボス。


 空に夕日が広がっていく。血の色に似た紅い色に染まっていく。


 あんなふうに綺麗に自分が朱色に染まったら……母さんだってきっと、僕を僕として見てくれる。


「ねぇ……じゃあさ。話してよ」


 リグはやっと僕のほうを見た。白い裸身が猫と一緒に夕日色に染まってる。


「なにを?」

「あんたが何で殺しをやってるのか、を……だよ」


 僕はボスの隣で膝を抱えた。

 部屋が紅く染まってる。リグも、猫たちも。長い間猫たちに引っかかれ続けてきたのだろう傷だらけになってる床も、ベッドも、きっと僕も。


 彼がこの色とはまた違う紅で、自分を染めてきた話を聞いてみたかった。


 聞いて何を得ようとしているのか自分でも分からない。意味もなく踏み込んではいけないことだろうとも思う。だけど、聞かずにはおれなかった。


「物心付くか付かないかって頃、だな。両親が死んだ」


 彼はためらいなどなく話し始めた。


「親戚に預けられた。飯をもらって、学校にも行かせてもらった。毎日淡々と世話をしてもらってた。感謝するべきことなんだろうが……親を想って泣いたり、少しでも自分の意見を言ったりすると殴られてた。それを、つらいと感じていたな。当時は」


 動くのは唇だけ。眉一つ動かない。つらい過去の話のはずなのに、さっきトイレの場所の話をした時と同じ表情をしている。彼の中で過去はもう整理の付いていることだからなのだろうか。

 いや。彼は今まで一度だって表情を変えたことがなかった。表情という仮面をどこかに置き忘れてきてしまったみたいに……。


「九歳ぐらいの頃、かな。学校でものの見事にいじめられた。ぶよぶよに太って常に汚い笑みを浮かべていて、自分は王子なのだと信じてるやつだった。ようするに金持ちの息子だ。そいつは金でしか仲間を作れないやつだったけど、俺のクラスを統率してた。いつも最新の玩具や何やらをばら撒くんだ。俺以外のみんなにな。なぜ標的が俺だったのかは知らない。毎日ボコボコにされてゴミと一緒に捨てられてた。学校の教師も育ての親もそれを知っていて何も言わなかった。俺はゴミと一緒で無価値だったんだ」


 僕は膝を抱えた腕に、ぎゅっと力を込めた。

 僕も、無価値なんだ。母さんにとって、“僕”は……。


「毎日泣いて過ごしてた。ゴミでも涙は出てた。死んでも良かったけど、俺は死ななかった。たった一つの存在だったけど、俺を必要としてくれたやつがいたから」


 リグの手が、猫の背中をゆっくりと撫でる。


「猫だ。俺が一人でゴミまみれになってるところに捨てられてた。まだ産まれて間もない小さなヤツだった。あいつは俺がいなきゃ飯を食うことも出来なかった。毎日給食の残りをもって行ってた。猫が俺のもって行ったミルクを飲む。嬉しかったんだろうな俺は。それだけのために生きてた」


 一匹、僕を拒んだボスが、リグの足の方からベッドに飛び乗った。ボスはリグの脚に枕のようにアゴを乗せて落ち着き、のんびりと目を細めた。


「だが、ブサイク王子が見てたんだ。俺が猫と一緒にいて笑ってるところを。馬鹿を何人か従えて、俺に言った。ゴミは笑う必要なんかない、って。言われた。俺は猫を奪われた。それからは記憶にない。気づいたらブサイクたちは死んでいて、俺の腕の中に脳ミソをたらした猫がいた。その時俺は死んだんだと思う」


 猫の盛大な欠伸の音が聞こえた。目をやるとトラ猫が猫式洗顔している。

 夜が部屋を染めつつある。


「……ロウソク、つけていい?」

「ああ」


 ロウソクのありかを探した。ベッドの下にそれらしき箱が転がっている。


「死んだ……って、あんた、今、生きてるじゃない」


 箱を拾おうとしてる手は汗でべとべとしていた。話を促す自分の声が震えてる。暑いのに震えてる。変なの。

 ロウソクを取り出して、一本目を、小さな机の上に置いてある燭台に立てる。


「何も感じなくなった。残ってたのは汚い物を潰してやりたい。それだけだった。あれだけ可愛がってた猫を、無造作に転がして……ブサイクたちを切り刻んでた。どんな場所で、なにを使ったかは覚えてないけど、手当たり次第に周りにある物を使って、醜悪な顔を潰して、黒い腹を暴いて――何人いたかも覚えてないけど、全員の汚いところを排除してた」


 一緒に転がっていたマッチを擦って火を灯した。部屋の景色と一緒に、猫を撫でる彼がオレンジに浮かび上がる。


「そうして住んでた街を出た。ブサイク達の死体がどうなったかは知らない。俺がどういう扱いになってるかも知らない。もしかしたらブサイク達と一緒にイカれた通り魔に殺されたことになってるのかもしれない。だとしたらその時、心だけじゃなく、世間的にも俺は死んだわけだ」


 部屋の隅にもう一本、のっぽの燭台が置いてあったから、そこにもロウソクを立てて火をつける。

 僕の足元を、耳がぺちゃんこな灰色の猫が通って、ベッドの上に飛び乗る。

「それからは死のうとも生きようとも思わなかったけど――生きていたら腹は減る。感情は死んでも生き物としての欲求は動いてた。俺は何も持っていなかったから、初めは街を点々としながら盗みをやっていて――気づいたらどんな奴のどんな依頼にも応えるようになっていた」


 ベッドに飛び乗った猫はリグの頭の方にまとわり付いた。彼の頬をぺたぺた前足で叩く。『あたしもかまってー』、とでも言いたいのだろうか。


「結構な金ができたけど、使い道はなかった。何かをやりたいなんてこともないからな。することがないから結局、誰かに求められたことに応え続ける生活は変わらなかった。盗みでも用心棒でも夜のお供でも。そんな生活と同時に、汚いやつを見つけては潰すってことをずっとやってる」


 頬をペタペタしていた前足を、彼は掴んで肉球の感触を楽しむみたいに指でふにふにする。


「俺の殺しはアートだって言ったヤツがいた。そういう人間が俺の創る死体を欲しがるんだ。中も外も醜い奴をバラして綺麗に――死の芸術にしてやる。俺の手で――」


 長話に疲れたのか、彼は一つ溜息をついた。


「だから悪いが、綺麗なお前は俺の作品の題材には向いてない」


 彼は一度目を閉じてすぐに開くと、胸の上の茶色の猫と、顔の所にいる耳ぺちゃ猫を掴んで上半身を起こした。茶色を肩に乗せ、耳ペチャをボスがくつろいでる方とは反対の脚の太ももに乗せて、そっちの脚だけをベッドから下ろす。ボスが一瞬だけ不機嫌そうに目を開いたが、すぐに閉じた。

 リグの視線が、僕をなでた。


「お前も、話したいなら話せばいい。誰かに聞いて欲しいのに、話したくなくて……だから俺に話させたんだろ」


 ロウソクの灯に照らされた顔が、青と橙色に瞬く。

 見つめられていると脚から力が抜けて、ケツが引力にひきつけられて落ちるようにストンと座った。ロウソクとマッチが、投げ出した脚の間に転がる。

 うつむいて、唇を噛む。胸のわだかまりが、リグの言葉でくちゃくちゃに揉みほぐされて吹き飛ばされていった。


「……そうかも」


 僕は話した。


「母さんと父さんね、いつの間にかあんまり話さなくなって、話すことって言ったら喧嘩ばっかりで……そしたら、父さんは家に帰ってこなくなってね――」


 子供の頃、父さんが出て行ったこと。死んだこと。


「母さんは、父さんがいなくなってからも悪口ばっかり――」


 自分を裏切った父さんを、母さんは恨んでいること。


「なのに写真見て泣いてるの――」


 でもまだ好きだということ。


「学歴が低かったお父さんと同じになっちゃダメよ、女なんかにうつつを抜かしちゃダメよ、遊びなんかにうつつを……って耳だこになった――」


 母さんが僕のことを父さんと同じにしたくないと思っていること。


「成績が上がったらね、笑顔で頭をなでて褒めてくれるんだ――」


 父さんがいなくなってから母さんはすごく穏やかになって、すごく大事に僕を扱ってくれる。でも、


「だから、母さんがいつも喜んでくれるように、僕はいつもいい子でいたの」


 僕はずっと母さんの言いなりだった、ってこと。


「僕に買ってくれるものは全部父さんの趣味なの。服も家具も食べ物も……全部。母さんは僕が好きな物をなんにも知らないんだ――」


 “僕”のことはまったく目に入っていないということ。


「だから……僕は“僕”なんだよ……って――」


 母さんに“僕”を見て欲しいということ。


「だからあんたに、僕を、血で飾ってほしいんだ」


 そのためにはどんなことでもする。

 どうなってもいいこと。

 それをリグは、後ろに手を突いた姿勢のまま微動だにせず、最後まで黙って聞いていた。


「あんたがうらやましいよ」


 僕はなんでか、涙を目に溜めながら、半分笑ってた。


「つらいとか、なんにも……感じないんでしょ?」

「ああ」


 昨夜、僕と一緒に寝てくれたミックに似た猫が、また僕の側に来てくれた。涙の浮かぶ僕の顔を見上げて心配してくれているのか「ミィ」と、声をかけてくる。


「だが心があるってのは幸せになるための才能だ」


 ミックに似た猫の声を聞いたからなのか、もともと起きていたのかわからないけれど、本棚の所で丸まっていた灰色に黒のシマ猫が動き出した。ミックに似た猫が僕の肩によじ登ったと思ったら、シマ猫も僕の膝で落ち着く。


 いつの間にか全身白で耳だけが黒い猫が隣にいた。そいつは僕の顔を見上げてた。そしたらTシャツの裾から腹のあたりに潜り込んでいく。くすぐったかったけど、動いたら肩にマフラーみたいに乗っかっているミックに似た猫が落ちちゃうかもと思ったら、動くのがためらわれた。シャツに入った耳黒猫は上から出てきて、僕と目が合う。


 なんだこれ。


 もしかして僕を心配して集まってくれたんだろうか。だとしたら嬉しいけれど、このもふもふ、この季節にはぬくすぎだ。

 リグがこっちを見てる。気のせいかもしれないけれど、瞳がどこかやさしい気がした。もふもふまみれがお揃いだからそんな気がするのだろうか。


 僕の一番の要求はのんでくれないけれど――

 僕の話を聞いてくれる。

 僕の言葉に答えてくれる。

 僕の名前を呼んでくれる……。


「幸せになる才能かー……」


 なんでこの人は僕を受け入れてくれるのだろう。

 表情もまったく変わらないし、いつも淡々としゃべるし行動するし……。彼が自分で“感情がない”なんて言ったのは嘘じゃないんだろうけれど……きっと――


「あんたが猫たちを撫でる手って、すごく“だいすき”って感じがする」


 彼の、猫を撫でる手が止まった。けどすぐに再開した手はさっきよりもさらにゆっくりと優しくなっていて……。


「そんなふうに考えたことなかった」


 彼はほんの少しだけ、目を細めてた。嬉しくて、なのか、悲しくて、なのか。まったく読み取れないけれど。彼のどこかが、何かを感じたのはきっと確かで。


「いつか……こうしてることで、そういうのを思いだすんじゃないか――なんて……思ってるのかな。俺は」


 どうしてだか、僕の胸が熱くなったのも確かで。僕も彼のまねして膝の上の猫をゆっくりと撫でた。

 ちょっとだけ、幸せに似ている時間が流れたみたい。



    * * * *



 結局今日も僕は家に帰った。

 塾をサボったことがバレていた。今まで皆勤賞の僕を心配して塾の方からわざわざ電話があったらしい。

 怒られる前に理由を“息抜き”だというと許してもらえた。たまにはかまわないわよね。大事な体だもの、息抜きも必要よね。だけど今日だけよ? なんて言って。


「髪、少し伸びてる。いらっしゃい。切ってあげるから」


 母さんは美容師で、店は家と繋がっている。

 母さんはいつも綺麗に僕の髪を切ってくれる。出て行く前の父さんの髪型に。


「あのさ、母さん」


 うなじでするハサミの音を聞きながら僕は口を開いた。


「今朝、成績上がったお祝いしてくれるって言ったよね。あれ、やっぱり頼んでいい?」

「なぁに?」

「猫。猫が飼いたい」


 母さんの口からどんな答えが返ってくるのか分かっていながら、違う答えを期待する。

 鏡に映った母さんが、ちょっと困ったって顔をした。


「飼ってあげたいのは山々だけど……ダメよ。ロルフ絶対夢中になっちゃうでしょう」


 分かっていたけど反論したい。そんな想いが喉に引っかかって、止まる。


「うん……そうだね。ごめん」


 父さんを亡くした母さんにとって、よりどころはもう僕しかない。僕を通して見る父さんと、僕の明るいはずの未来と。

 だからもしも反論して、母さんのよりどころであることを僕が否定してしまったら――きっと母さんは壊れてしまう。壊れたら、本当の“僕”どころか、母さんが今見ている、“よりどころである僕”さえも、見てくれなくなってしまう。


 髪を切るハサミの音が僕の希望を断ち切る音みたいに聞こえる。


 リグの人生に比べたら、一体どれだけ小さいものなんだろうと思う。

 なんだかんだで母さんは僕を大事に育ててくれている。誰かに殴られることもないし、盗みをやる必要もない。他人を殺すことも、自分の幸せへの才能――心を殺されることもない。幸せなんだろうと思う。


 でも、心があるから、自分の中にある何かが、グチャグチャに腐って、広がっていくような感覚が止まらない。止められない。

 幸せ――つまりは何の不満もなく生きられること。

 何一つ不満なくずっと生きていけるなんて人生はないだろうけれど……。


 ――僕にもどこかにあるのかな。“死”以外に、幸せの道が。



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