直人side

246

 彼女とのことは、深海に沈んでいた俺に、男の性を奮い起こさせた。


 彼女を抱いたのは、自身の小説に感化されたわけではない。


 俺は……

 ある目的を持ち、ここに来たのだ。


 ◇


 深夜小説を書き上げ、再び露天風呂に向かった時だった。

 露天風呂の入り口で、あの浴衣美人と遭遇した。小説の主人公になりそうな美しく艶っぽい女性だ。


「お一人ですか?」


 美しい声で話し掛けてきたのは、女性の方だった。


「そうだが」


 女性は意味深にクスリと笑う。


「確かに第一印象は、私の主人と同じ。ぶっきらぼうで最悪ですね」


「何のことだ」


「ごめんなさい。無礼な発言をお許し下さい。昨夜奥様と露天風呂で一緒になった者です。可愛い奥様ですね。旦那様のこと『今は大好き?』って聞いたら、恥ずかしそうに『はい』ってお答えになりました。

 だから、彼女の旦那様がどんな方なのか声を掛けたくなったの。末長くお幸せに」


 美しいが不躾な女だ。

 だが、彼女が俺を好きだと言ったのか?


 まさか……


 俺はうだつの上がらない、ただの物書きだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る