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「読まないのか」


 背後から声がした。

 寝起きの、先生の声。


「……先生、おやすみのところ起こしてしまい申し訳ありません」


「まだまだ推敲は必要だが、取り敢えず完結したよ。君のお陰だ。是非読んで感想を聞かせて欲しい」


「いえ、今は読みません。先生が納得いくまで推敲され、この作品が書籍化されるその日まで、読まないと決めたんです。私、一番最初にこの本を書店で予約したいから」


 先生は私の言葉を聞き、目を細めクスリと笑った。

 四ヶ月もの間一緒に暮らしていて、先生がこんなにも穏やかな笑みを浮かべたのは初めてだった。


 上野動物園で初めてパンダを目にした時の衝撃よりも、先生の笑顔は優っている。


「……先生が笑った」


「あまりにも君がバカバカしいことを言うからだ。俺の作品が書籍化されるはずがないだろう。推敲したら、この原稿は君にプレゼントするよ」


「……ぇっ?私に……?」


「元々、セシリア社でボツにされた作品だ。これは商業化するために書いたのではない。君のために書いた俺の初めての恋愛小説だ」


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