236

「あなたもハネムーンですか?」


「えっ?」


 見ず知らずの女性に声を掛けられ、思わず視線を向けた。


「チェックインの時に素敵な旦那様と一緒にいらしたから。私はハネムーンなんですよ。今夜が……初めての夜なんです。触り心地のよい綺麗な肌になりたいですよね」


 話し掛けてきた女性はとても美しく、湯から覗く鎖骨と撫で肩が女性らしさを引き立て、『初めての夜』という言葉が妙に色っぽい。

 色白の肌はきめ細かく、頬はほんのり赤く染まってつるつるしている。


 これ以上つるつるになったら、旦那様が体の上で手を滑らせちゃうよ。


「ご主人は素敵な方なんでしょうね」


「全然、主人は会社の上司でバツイチなの。一回りも年上で第一印象は最悪。最初は大っ嫌いな上司だったのよ」


 女性はご主人とのなれ初めを思い出したのか、クスリと笑った。


 小説に登場する吉岡はバツイチではないものの、琴子からすれば最悪な上司だ。


「大嫌いが大好きに変わったのは、いつですか?」


「忘年会のあとにね、悪酔いした私を彼がマンションまで送ってくれたの。嘔吐した私を彼が介抱してくれて、吐瀉物で汚れた床も嫌な顔ひとつせず綺麗に掃除してくれたの」


「床もですか?」


「衝撃的だったわ。他人が嘔吐した物を掃除するなんて、そんなことが出来る人ではないと思っていたから」


「優しくて思いやりのある素敵な人ですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る