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「実際に体験か……」


 先生と目が合い、急に恥ずかしくなり思わず首を竦める。


「先生、今回ばかりは無理です」


「俺は何も言っていない」


 先生は私に背を向け、カリカリと万年筆を走らせる。

 その背中を見つめながら、台所でお茶を入れる。


 この生活をいつまで続けられるのかわからない。小説が完結すれば、私の役目は終わる。


 でもそれでもいい。

 先生が私を必要としなくなるまで、私はずっとここにいる。


 ◇


 翌朝、朝食の支度をするために台所に入ると、先生は座敷の机に伏せて眠っていた。先生の横には、第八章と第九章の原稿が置かれている。


 先生の肩にそっとタオルケットを掛ける。


 あれから一気に書いたんだ。


 原稿を手に取り読み進める。瀬戸と琴子の関係、そして上司である吉岡との関係。吉岡との関係を瀬戸は知らない。吉岡は自ら琴子との関係を吹聴する男ではないが、瀬戸と琴子の急接近に心中穏やかではない。


「そうだよね。吉岡にとって、もう一夜の遊びなんかではない。吉岡は琴子を本気で……」


 先生の文章や主人公の心理描写に、小説の中に引き込まれてしまう。



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