217

 彼女が現れるまで、小説のあらすじを忘れないようにメモする。


 第九章…… 第十章……

 瀬戸と吉岡の間で揺れる琴子の前に、以前登場した取引先の男性社員中条。


 女は人畜無害な癒やし系に弱いのか、はたまた鬼畜上司に弱いのか、王子様ともて囃されているイケメンの涙に弱いのか、……謎だな。


 気が付けば午後一時を過ぎ、空腹に耐えかねた俺は改札の傍にある売店で駅弁を買う。


「只野先生?おやまあ奇遇だこと。旅行に行かれるんですか?まひる、只野先生よ」


「先生?どうしてここに……?」


 ――やっと見つけた。俺の迷い猫。

 やはり見送りに来ていたのか。


「今何時だと思っている。俺がここで何時間待ったと思ってるんだ。十章まであらすじを考えたんだぞ。早く意見を聞かせろ」


「はぁ?」


 彼女は目を丸くし、キョトンとしている。ご両親は口をあんぐり開けたまま固まっている。


「まひる、只野先生と旅行に行くんね?二十歳過ぎとるいうても、婚前旅行は賛成出来んよ」


 俺が彼女と婚前旅行?

 母親の問いに彼女も俺もぶるぶると首を左右に振る。


「先生、何仰ってるんですか?私、先生と旅行のお約束はしていませんよね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る