207

 彼女はご飯と味噌汁をよそい、俺に差し出す。付き合っていた頃は、彼女がこうして手料理を作ってくれたこともあった。


「では遠慮なく、いただくよ」


「はい。召し上がれ」


 味噌汁を口に含む。美味うまいが何かが違う。

 毎朝飲む味噌汁と比べると、何かが足りない。


「どう?」


「昔と変わらない味だ」


「そう、良かった。あれからもう八年になるのね」


 俺達は書店で偶然出逢い、互いに作家を目指していることを知り親しくなった。

 彼女は俺の初恋といっても過言ではない。


 俺達は同じ道を歩み、同じ目標を持つ同志でもあった。だが、彼女の方が俺より先に夢を掴んだ。


 俺は彼女の才能に嫉妬したんだ。

 自分の作品に焦りを感じ、彼女の書籍デビューを心から祝福することが出来ず、次第に彼女を避けるようになった。


 彼女のデビュー作は爆発的に売れ、彼女は幸運の階段を駆け上がりベストセラー作家になった。


 そう、桂木由佳子と俺は交際をしていた。でも俺は彼女から逃げた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る