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「みやこ?」


 靴を脱ぎ室内に入ると、台所からいい匂いが漂う。お魚の煮付け、お味噌汁の匂い。

 台所には見知らぬ女性が立っていた。


 長い黒髪、白いエプロン。スレンダーで美しい立ち姿。


 先生は私に背を向けたまま、彼女を見つめていた。


 あの先生が、他人に台所を使用させるなんて……。

 台所に入り手料理を振る舞うということは、それだけ気心が知れた相手……。


 もしかして……

 先生の恋人?


 先生に……

 恋人がいたの?


 思わず後退りした。

 先生に恋人がいるなんて、今まで考えたこともなかった……。


 ミシミシと床が鳴り、先生がゆっくり振り返る。先生と目が合う前に、私は屋敷を飛び出していた。


 バカみたい。バカみたい。


『明日の朝は君の味噌汁が飲めないんだな』なんて言いながら、別の人にちゃっかり作らせて。


 今さら浅草のホテルには戻れない。みやこのマンションにも戻れない。


 涙が溢れ止まらない。

 なぜ、涙が溢れるのか自分でもわからない。


 行き場を失った私の足は、自然とある場所に向かっていた。



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