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「先週、桂木由佳子先生の本が刊行され、すでに増刷決定しました。只野先生、こんなことをして遊んでいる場合ではありませんよ」


「誰が遊んでいるんだ?口を慎め」


「相変わらずですね。私の知り合いに整形外科のお医者様がいるので電話しておきますね。まひる、あとで病院に付き添ってあげなさい。中道整形外科と最寄りのタクシー会社の電話番号をあとでメールするわ。私は仕事だからもう行くわね。じゃあ、お大事に」


「みやこ……色々ありがとう」


 先生は罰が悪そうにペコッと頭を下げた。


「世話になった」


 人に頭を下げることが苦手な先生の、これが精一杯のお礼の言葉。車に乗り込むみやこを縁側から見送り、座敷に戻る。


「先生、お腹空いたでしょう。取り敢えず朝御飯作りますね」


「あんな目に遭ったのに、君は冷静だな。俺を軽蔑しないのか」


「冷静ではありませんよ。柳の枝が幽霊に見えたり、深夜に雷が鳴ったり。ずっとドキドキしていました」


「ドキドキ?」


「はい。ドキドキしすぎてなかなか眠れませんでした。先生はぐっすり眠っていたから、何も知らないでしょう」


「俺は……君のことを……」


「朝御飯、簡単なものでいいですか?」


「味噌汁と漬物があれば、何もいらない。君の味噌汁を毎朝飲まないと、一日が始まらないからな」



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