直人side
182
◇◇
「僕は
同じ課の後輩にいきなり抱き締められた琴子は、驚きのあまり手にしていた湯呑みを落とす。シンクの上で転がる湯呑みに、蛇口からポタポタと水が落ち小さな音を鳴らした。
「
瀬戸の手が琴子の細い体を捕らえたまま離そうとはしない。さらにその首筋に顔を埋め耳元で囁く。
「今治さんを見ていると、僕が僕でなくなる……。少しだけ……こうさせて……」
瀬戸の指先は琴子の顎のラインをなぞり、琴子の体は思わずビクンと反応する。
年下に告白され、その指先で弄ばれているのに、琴子は瀬戸を突き飛ばすことが出来ない。
ここは社内の給湯室、声を荒らげることで人に知られ騒ぎが大きくなることを恐れたのだ。それは後輩である瀬戸を守るためではなく、自分自身を守るための防衛本能からだった。
誰にも知られてはいけない瀬戸との密事。だが、廊下の物陰から二人の様子を窺っている人物がいた。
――それは、一夜のアバンチュールで琴子のバージンを奪った、上司の
吉岡は二人の関係に、全身の血液が逆流するほどの衝撃を覚える。吉岡自身、今まで経験したことのない激しい嫉妬だった。
◇◇
俺はスラスラと万年筆を走らせる。第二章の最終ページを書き上げ「ふぅーっ」と溜め息をつく。
すでに、空はオレンジ色の夕陽に染まっていた。
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