170

 そんなことはわかっている。

 気恥ずかしくて、彼女と色違いのストラップなどつけられないと遠回しに言っているのだ。


 俺のお椀を持ち台所に立つ彼女……。

 その小さな背中を見つめる。


 鍋から味噌汁をよそう彼女に、ずっとここで働いて欲しいと思った。


 朝食のあと、彼女は掃除洗濯をし、担当のマンションに荷物を取りに向かった。


 彼女と俺の同居生活。

 男女の関係はなく、彼女は住み込みの家政婦になった。


 彼女に給料を支払うために、俺は何としても原稿を売らなければならない。


 諦め掛けていた恋愛小説。

 彼女が傍にいてくれたら、書けるような気がする。


 担当から返却された原稿。

 もう出版社の要望を意識することなく、俺の自由に書ける。


 ――第二章 欲望

 オフィスでは上司と部下。

 割り切った一夜の関係だったが、深みに嵌まったのは女ではなく男の方だった。

 男は平静を装ってはいるが、女の周囲に蠢く新たな男の影を感じ、嫉妬から女に冷たくあたる。

 再び交わることのない男女の関係は、次第に歪み亀裂を生じていく。


「第二章のあらすじはこれでよし」


 愛とは欲望。

 体が満たされないと心は満たされない。そしてまた心が満たされないと、体も満たされない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る