まひるside

153

 ドンドンと誰かがドアを叩いている。

 パソコンで作業していた私の手が止まる。私を見つめていた店長が、その物音に振り返った。

 

「一体誰だ。君は声を出すな。いいね」


 威圧的な態度に、私はコクンと頷いた。店長は玄関に歩み寄り、ドア越しに様子を窺っている。

 私はその隙に、群青色とのコメントを一括削除する。


 訪問者の会話は聞こえないが、ドアの外で男性の言い争う声がした。


 一人は見張り役の男性、もう一人は……。


 只野さん?

 只野さんが助けに来てくれたの?


 私がここにいることを、只野さんに知らせなければ……。

 助けを求め叫ぼうとしたが、恐怖に支配され、声が喉に張り付き叫べなかった。


 暫くして騒ぎが収まり隣室のドアが閉まる音がした。一筋の光明から一気に奈落の底に突き落とされ、社会から遮断される無情な金属音だけが鼓膜に響く。


 ――と、同時に携帯電話が音を鳴らし、店長が慌てて電話を切った。


 玄関で店長は私に視線を向け、ほくそ笑む。


「しつこい新聞の勧誘だな。……まさかパソコンで何もしてないだろうね」


「はい。桃色恋愛カウンセラーのコメントだけです」


「ではその履歴を見せてもらおう」


 店長はパソコンを操作し、最近書いたコメントをチェックする。


「確かに余計なことはしていないようだな」


「はい。指示通り、恋愛相談のカウンセリングをしているだけです。まだ男性と二人で逢う約束は出来ていませんが……」


「そうか。君は昨日何も食べていない割には、やけに元気だな」


 店長が室内を見渡す。ベットのシーツを剥がし、何かを探している。


 ふと、クローゼットに視線が止まった。


 あの中には……ビスケットやチョコレートが。


 それを奪われては、食べ物が何もなくなる。


 ――お願い、気付かないで……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る