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「只野先生は編集長の友人でしょう。編集長は離婚協議中で私のことを真剣に考えていたというの。それなのに合鍵を返したり無理難題を押し付けたり、意味がわからない」


 担当は一気にビールを飲み干し、冷蔵庫からさらに一缶取り出す。


「俺は一樹と友人ではない」


「ですよね。友人にこんな酷いこと出来ないよ」


「こんな酷いこと?一樹が何かしたのか」


「只野先生、本題に入らせていただきます」


「いきなり入るのか」


 担当は缶ビールをドンッとテーブルの上に置く。勢い余ってビールの泡が周囲に飛び散った。


「実は私と編集長は、一夜のアバンチュールから始まったんです」


「一夜の……アバンチュール」


 担当は封筒から俺の原稿を取り出し、テーブルの上に置いた。


「まさに、コレなんですよ!」


「は?」


「編集長は私が只野先生に、私達の馴れ初めをペラペラ喋り、只野先生がそれをここに書いたというんです」


 担当は冷蔵庫からさらに缶ビールを取り出す。


「成る程、一夜のアバンチュールの相手が、現実に嫌われ者の上司になったというのか」


「編集長は嫌われてはいませんよ。厳しいけれど、部下からは信頼されています。だから私は編集長と恋に落ちたんです」


「一夜ではもの足りず、小説の主人公のように一樹の体に溺れたのか?」



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