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 誰もいない事務室。空気がはりつめ、とても気まずい。

 店長は苦手だが、『気に掛けている』という言葉は嬉しかった。


「今夜の予定は?」


「特に何もありませんけど」


「君の今後について話がしたい。他の社員に聞かれると君にとっても不都合だろう。駅裏の小料理店、祭(まつり)で待っていてくれ。後で行くから」


「祭ですか?わかりました」


 事務室の時計を見ると、午後七時ちょうど。店は午後八時閉店、店長は今日早番なのかな。


「もう下がっていい」


「わかりました。失礼します」


 今後の話って……。

 契約のことだよね。やっぱりクビなのかな。


 小料理店だなんて、食事させて不平不満を封じ込め、ポイッ?

 派遣社員は切り捨て。送別会もしてもらえない会社は多数ある。食事させてもらえるだけマシなのかな。


 はぁー……


 女子ロッカールームで制服を脱ぎ、重い足取りで駅裏の祭に向かった。


「いらっしゃいませ。お客様、ご予約はされてますか?」


「……えっと、高倉さんの名前で予約はありますか?」


「はい、高倉様ですね。ご予約されてますよ。こちらへどうぞ」


 やっぱり、会食は初めから決まっていたようだ。


 クビ確定だね。

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