直人side

70

 ◇


 男は指を絡め、女の耳元で囁く。


 決してくちづけはしない。

 唇を重ねずとも、女の身も心も支配している。


「俺が欲しいか」


 喉の渇きを潤すように、女が唇を寄せる。


「一夜限りの恋人でいい…。お願い…抱いて」


 露になる白い肌……


 男はその肌に吸い寄せられるようにくちづける。


 名も知らぬ女と、一夜のアバンチュール。


 一夜限りの恋……




 ――プロローグは刺激的に。


 ◇


「よし、これでどうだ?」


 万年筆を置き振り向くと、彼女と視線が重なる。


 彼女のお陰で、閃いたんだ。


 未発表だが、最初に原稿を読む資格はある。原稿を掴んだまま彼女に近付き目の前に突き出した。


「これがプロローグだ」


「……っ、私が……読んでもいいのですか」


「ぐだぐだ言ってないで、読め」


 読みながらポッと頬を染める彼女。

 男と同棲しているくせに、この程度の描写でも、彼女には刺激的だったらしい。


「原稿ありがとうございました。ドキドキしました」


 ドキドキか、俺には似つかわしくない表現だ。実は俺もドキドキしている。


「では部屋に案内しよう。一階と二階どちらにする?内鍵があるのは二階の部屋だ」


「只野先生のお部屋は?」


「俺は一階だ」


「では二階でお願いします」


 それは、どういう意味だ?

 俺が夜這いするとでも思っているのか?

 それとも、俺を試しているのか?


 俺の書いたプロローグに刺激され、俺を異性として意識したのなら、この状況で何もしないのは女性に対して失礼ともいえる。


 だが、俺達は友達だ。

 性的な要求はしない。

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