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 畳の上にも机の上にも無造作に散らばる原稿用紙。小説家の原稿だ。多少興味はある。


 第一章 出逢い

 第二章 ふれあい……


 章のタイトルかな?

 ありふれたタイトルだな。


 只野さん、出版社の裏事情知らないんだよね。いい小説が書けないと他の作家の原稿と差し替えられちゃうんだよ。


 台所ではジュッと油の音がする。揚げ物してるの?お味噌汁の匂いもしてきた。外見に似合わず、意外と家庭的なんだ。所要時間三十分。手持ち無沙汰な私は居心地が悪い。


 散らばる原稿用紙には、『刺激的』と殴り書きがしてある。こんな言葉、只野さんも使うんだ。


「好きなだけ、食え」


 座卓の上にトンッと置かれたお盆には、さつまいもやシソの葉、ピーマンや茄子、小鰯の天ぷらがのった天丼。豆腐と揚げのお味噌汁と胡瓜や小茄子のお漬物もある。


「料理、お上手なんですね。漬物はご自分で漬けられたのですか?」


「生きるために作っているだけだ」


 生きるために?


「只野先生、食事は楽しむために作るんですよ」


「楽しむ?一人きりの食事に、楽しみなど無用だ」


「只野先生は寂しい方ですね」

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