33

 小説の主人公は、独身で男性経験なし。すなわちバージンという設定だ。


 彼女の地味な風貌から独り身だと思っていたが、既婚者なのか?


 彼女が弁当にスッと左手を伸ばす。薬指をじっと観察するが、指輪はない。ということは男と同棲しているのか。


 俺の描いていた主人公のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れる。


 彼女が……バージンでないと困るのだ。


「あの……何か?」


 そうか。恋人がいたから俺を相手にしなかったんだ。


 いやまて、それならば主人公の設定を変更すればいい。主人公は同棲している男がいながら、新たな恋に溺れていく。

 それでいこう。


 その前に、もっと観察したい。

 酒を飲むと彼女はどう変化する?彼女が乱れる様を見てみたい。


「君は酒をたしなむのか?」


「お酒ですか?多少……。お酒の売り場ならあちらになりますが…ご案内しましょうか?」


「俺と今夜飲まないか」


 彼女は幕の内弁当を手にしたまま、こちらに視線を向けて驚いたようにパチパチと数回瞬きをし、無言で右手に持っていたカゴに弁当を入れた。


 これは俺の誘いを拒絶したという意味か?

 いや、そうではない。職場だから周囲の目を気にして、即答出来ないのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る