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「実は君に頼みがある」


「私に頼み?」


「俺と付き合ってみないか」


「は?」


 今度は大丈夫だ。

 同じアドリブでも、きっと上手くいくはず。


 この俺が頼んでいるのだ。断るはずはない。


「申し訳ありません。仕事があるので失礼します」


 彼女は俺に背を向けスタスタと遠ざかる。


『ずっと好きだった』そのセリフには反応したのに、『俺と付き合ってみないか』には無反応。


 一体どこが気にいらないのか、俺には皆目見当もつかない。


 ただわかっていることは、生卵の女は無類の卵好きということ。


 鶏みたいな女がどうすれば刺激的な恋の虜になれるのか、さっぱりわからない。


 玄関を片付け、割れてない卵を冷蔵庫に入れ、座敷に戻りプロットを作成する。


 プロローグはどう書けばいい。戦国時代ならば合戦の場面から書くのも悪くはないが、恋愛小説で主人公をいきなり殺すわけにはいかない。


 それではサスペンスになってしまう。


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