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「今のセリフどう感じた?」


「ぇっ?」


 割れた卵でベトベトになった指先。俺ならば触れたくない。


「嬉しいと思ったのか?」


「……只野様のことよく存じていないので」


「嬉しくないのに、卵を落としたのか?」


「ドキッとして……。故意ではありません。玄関を汚してすみません」


 ドキッとした?

 あんなセリフでドキッとしたのか?女を口説き落とすなんて意外と簡単なのかもしれない。


 ならば、ここからはアドリブだ。あらゆる角度から彼女を観察したい。


「俺と寝ろ」


 パンッと頬が叩かれ、鼓膜がビリビリと振動している。


 これは小説の筋書きだ。

 男のセリフをイメージしたまで。主人公はテクニシャンなのだから。


 早とちりな彼女の手には、生卵がベッタリついている。その手で殴られた俺の、頬にはタラリと白身が垂れていた。


 最悪だ……

 上手くいっていたのに。


 アドリブを入れた途端、この様だ。


「只野様、申し訳ありませんでした。失礼します」


「君、君…。今のはアドリブだ」


 失敗してしまった。

 しかしスムーズにことが運ぶと、俺の小説は三章で完結してしまう。


 こんなアクシデントも恋愛小説にはアリだな。まずは彼女を引き留めないと。


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