13

「は?」


 声のする方を見上げたと同時に、頭上から女が降ってきた。


 黒縁眼鏡を掛け、長い髪をひとつに束ねた地味で冴えない女だ。


「きゃあー」


 こともあろうに、脚立を踏み外したドジな女は卵の陳列棚に激突し、俺の頭上に卵のパック諸共落下した。パックの中の卵は割れ、女に床に薙ぎ倒された俺は生卵でネバネバだ。


 床に這いつくばる女の顔から眼鏡が転げ落ち、束ねた髪がハラリとほどけた。


 生卵を被った女。頭から黄身が垂れ下がっている。毎日スーパーで見掛ける冴えない風貌の女だが、眼鏡を掛けていないと別人に見えた。何の変哲もない白い卵が、床に落ち木っ端みじんに割れたと同等の衝撃度だ。


「お客様、申し訳ございません!申し訳ございません!」


 女は慌てて立ち上がろうとするが、生卵に足下を取られ、氷上でツルツルと滑っている未熟なスケーターのようだ。


 周囲に人が集まってくる。俺が最も苦手とする好奇の眼差し。これはドッキリカメラでも、バラエティ番組の収録でもない。


「きゃっ」


 ぬるっとした感触。

 不意に女と俺の手が触れる。


「御園さん、何やってるんですか!お客様、申し訳ございません。クリーニング代をお支払い致します。事務室までお越し下さい」


「問題ない」


 俺は滑らないように、足を踏ん張り立ち上がる。


「お客様!申し訳ございません。後日お詫びに伺います。お名前を……」


「作家の只野だ」


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