第61話 姫、大喝
やたらと高い天井を、装飾過多の列柱が支える謁見の間は、元老院では扱いつつ重要案件を討議する場でもあり、貴族でも招かれる者は限られている。
もっとも現国王イフススメスが姿を見せなくなって久しいが、それでも壁には歴代王の肖像が、玉座を囲むように浮き彫られ、下座から見あげると、自然とヤゴナ王国五○○余年の歴史を感じさせた。
だが……。
そうは言っても、ここが本当に王の居城なのか。そう思わざるをえなかった。
警備はあってなきがごとく。衛兵はヤゴチエヌス率いる宦官軍の攻城にかかりっきりなのか、さもなくば、もう逃げ散ってしまったのだろう。
残っているのは、恐怖に震えながらも為す術を持たない貴族ばかり。目端のきく者、多少の蓄えがある者は、衛兵ともども自主避難(とんずら)した後なのだった。
「いったい、どうする……」
と、互いの顔色を窺っているのは、国王起床の儀に列席する権利をもった閣僚、すなわち王国の重鎮たちだった。
ただし、元老院主席のナセルスはいない。かろうじて逃げもどった近衛兵によって、ナセルスの敗死が伝えられたとき、元老院を襲ったパニックは、庶民のそれと変わるものではなかった。
泣き喚く者。
卒倒する者。
席を立つ者。
逃げ惑う者。
踊りだす者。
半刻ほど右往左往して、いつの間にかひとり消え、ふたり消え、残ったのは世渡りに疎くて寄る辺のない連中と、動くに動けない重鎮のお歴々なのだった。
その重鎮たちとて、節義や責任感からこの場にとどまっているのではない。
「ヤゴチエヌスとて所詮は宦官。宦官のみで国家は立ちゆかぬ……はず」
であるからには、国政を司る自分たちの手が必要となってくるはず……互いの顔を見交わす表情には、そんな期待が見え隠れしていたが、
「しかし、宦官だけで戦(いくさ)をはじめる奴だぞ」
問題はそこだった。尋常の理(ことわり)がどこまで通用するのか。その暴虐の度合いをはかり間違えば、待っているのは『死』でしかない。
そんな危機にあって、
「然り。ヤゴチエヌスめが、どれほど我が国のことを慮り、この挙におよんでいるものか」
「そのことよ。憂国の志をともにするなら、我らをすげなくは扱わぬはずだが」
「しかし、それではナセルス殿が亡きものにされたことの説明がつかぬ」
「いや、ナセルスど……ナセルスにも周囲を粗略にあつかうところも、なかったとは言いきれまい」
「左様、あった」
「それがしは諌言をしたところ、大層、耳が痛かったとみえて、衆目のさなか口汚く罵られたことがある」
「小生などは、些細な落ち度を咎められて、あやうく爵位を落とされるところであった」
「なんの、わたくしなど……」
「それを言うなら、手前など……いや、ヤゴチエヌスの擁護をするわけでは、決してないが……」
などと重鎮たちは亡き者のへの不満を小出しにして、念頭にあるのは保身ばかり。王都攻略におよんだ暴挙を詰る声もなく、むしろ誰にも気づかれないように、ヤゴチエヌスへと軸足を移しつつさえあるのだった。
ミトラが飛び込んだのは、そんな、まさに亡国のさなかにある王国の中枢だった。
「陛下っ!」
凛とした声が響きわたった。
「陛下はどこにおんしゃっとか!」
驚く重鎮たち。振り返れば、あどけなさの残る少女が(当然、そう見えただけだが)輿入れ装束も艶やかに、美しい顔を昂然とあげ、澄んだ眸で空虚な風景を見まわしている。
「お……おぬしは?」
「国王陛下の第二子、ミトラ」
「み、ミト……」
重鎮たちはざわついた。ミトラ妃殿下? なぜここに? 本物か? オラスマに輿入れをされたのでは?
とはいえ誰か前に出るでもなく、ちらりちらりとミトラを見ては、額を寄せあって、ひそひそ。むしろ同僚のかげにかくれるように、小さくなって顔色を盗み見ては、またひそひそ。
いつお帰りになられた? どうやって? オラスマから何か言ってきたか? はやくも里帰りなどされては、国際問題になりはせぬか? 本物だとして、の話だが……どうやって確かめるのだ?
「なんばしょっと!」
囁きあうところを一喝すると、飛び退きへたりこむようにして、たちまち重鎮たちは平伏していた。
「陛下はどこにおんしゃっとか訊いとろうもん」
「そ、その……」
「早よう案内すっとばい。のんびりお喋りしとる時間はなかよ。それと!」
「は、はぃ……」
「誰か後宮に走って、アルカデウスとホノリスの両殿下をお連れしんしゃい」
「それは……」
重鎮たちは顔を見合わせた。
「現在、後宮は宮女たちばかりにございまして、王妃様はじめ、ご食事、ご入浴も儘ならずに泣いておられるとか……」
「それがどうしたったい」
「い、いえ、ですから、お連れしようにも、その、後宮からご案内すべき宦官が不在の由にて」
「貴様(きさん)ら、ほんとの馬鹿ばいか!」
吹き飛ばすような大喝。さながら落雷だった。
「こげんときになんば言いよっとか! 宦官なら、こぞってこの王都ば攻めとろうが。四の五の言わんと連れてきんしゃい!」
オトコの姫とヒゲデブの騎士 あしき わろし @chan-yama
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