第60話 デブ、痩せる

 騒然としている王都の住民を知ってか知らずか、



「まァ、オレ自身にゃこの足があるから、わざわざ開門する必要はなかったんだがね。それによって亡国に直接、手ェくだしたわけだけどよ、籠城中に味方の首を斬っちまうような奴が大将だもの、どのみち、もたなかったろうぜ」



 と、スキピオは、相変わらず饒舌に語りながら、王都上空を飛んでいた。

 屋根から塔へ、塔から高架水道へ、高架水道から円形競技場の五階席へ、五階席から大浴場の屋上テラスへ……。

 屋上テラスの噴水を蹴って、



「ところが包囲してた敵の大将ってのが、また亜人嫌いでね。投降した亜人は片っぱしから斬首だよ。降伏した王族は手厚く保護され、こじんまりした領地まで安堵されたってのによ。まったく、何のために戦ってたんだか」


「※●∴∇!(>。<)Å∩?」



 主従の契りを結んだばかりのふたりが、奇妙な会話(?)を交わしながら、ひときわ高い鐘楼を足がかりにまたひとっ飛び、王宮の堀と外壁を一息に飛び越えて、とうとうその中庭に降り立った。



「とどのつまり、村の爺ィが言った通りだったってわけよ。さあ殿、着いたぜ」



 結局、城外からここまで一度たりとも地に足をつかなかった。さすがのスキピオも息があがって、膝に手をおき背中を大きく上下させている。

 ミトラはよろめきながらも、



「そんなに……疲れるなら……黙っといたらよかろうもん」


「いやァ、さすがに足を使いすぎたぜ」


「ウチの気がまぎれるよう、気ぃばつかっちくれたんやね」


「へへ……それにしても、さすがは殿だぜ。途中で失神していたって、おかしくはねェんだがな」


「スキピオ……身体から煙が出とうばい」


「ははは、面白ェ表現だな」



 そう答えるスキピオの全身からは、確かに湯気というより蒸気に近いものがたちのぼってあた。

 そればかりか、荒い息をつく横顔も心なしか、いや確かにげっそりとして、頬までこけてきている。



「スキピオ……」


「びっくりしねェでくれ。足を使いすぎたら、いつもこうなんだよ」


「……痩せたら男前っとね」


「できたら……あんまり見ねェでくれ。好きじゃねェんだ」



 美意識の違いか、それとも忌まわしい記憶でもあるのか、スキピオはすっかり端正になった顔を、あげようとしなかった。

 その姿勢のまま、心配そうに見守るミトラに、



「すぐには足が動かねェ。なァに、ちっと休みゃ大丈夫だから、殿は先に行っててくれ。すぐにいくよ」


「でも」


「時間がねェ。オレは大丈夫だから」



 確かに一刻を争う。宦官軍が城門を破れば、それまでである。

 中庭は三方を回廊に囲まれて、右手が元老院が開かれる議事堂(バシリカ)、左手が官吏が詰めている行政府、そして正面が王の居城となり、その背後に後宮がひかえている。

 城門で手一杯なのか、中庭には人の気配がなかった。ミトラは奥に駆けていこうとして、ふと足をとめた。



「スキピオ」


「なんだい」


「ウチ、思うんやけど。人種とか亜人種と関係なか。尻尾なんか、あってもなくてもスキピオはスキピオばい」


「お、おう」



 思わず、スキピオはやつれた顔をあげた。ミトラは顔を見ないよう視線をそらせながら、



「スキピオは運が悪かったとよ。亜人だからって疑うようなやつばっかと思われたら、王族としては心外ばい」


「そ……そうかい」


「あと、過ぎたことは過ぎたことばい。これまでは運が悪かったばってん、これからもそうとは限らんたい。きっとよかことばあるって、ウチは思うと」



 そい言い残して、ミトラは奥へ、王の居城へと駆けていった。



「チキショー、自分だって大概な目に遭ってるくせによ……」



 呆然と見送ったスキピオは、俯いたまま、



「まったく、生意気な殿だなァ……」



 ずずっ、と鼻をすすった。

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