11
「勝手に人のプライベートに立ち入ったことに関しては悪いと思ってる。でもよ、ここまで知っちまったからには口出ししねえわけにもいかねえのが俺の性分なんだよ」
健二はおそらくわかっているんだと思う。もし、自分が同じ立場だったとしてもこうやって気持ちが揺らいでいるんじゃないかって、男なんてそんなもんなんじゃないかって。でも、俺がやってることはいけないことなんだって再認識させるためにもこうやって言ってくれてるはずだと思った。
「健二、僕の彼女は今、イギリスに…」
「俺だったら、こんなことは絶対しねえ」
強く、そして芯のある言葉だ。まるで僕のすべてを否定するかのような、そんな言葉だった。同情してくれているのかもしれないという淡い期待など簡単に蹴散らされてしまった。健二はまっすぐ僕の目を見つめて、そしてそれ以上は何も言わず、港のほうへと歩いて行ってしまった。すぐに、夜の闇へと消えて見えなくなった。僕は少しの間立ち尽くして、そして自分の部屋へと戻った。
その夜は散々考えた。自分のしていることを正当化しようとした自分をこれでもかというくらいに憎んだ。ぼこぼこにしてやった。自分に今必要なのは確かに寂しさを埋め合わせてくれる存在なのかもしれない。けれど、それを得るために失うものを考えると、あまりにもばかばかしいことをしようとしていたことに気付く。ああ、なんて自分は愚かなんだろうか。考えて考えて、そしていつの間にか眠りについた。
翌日、朝一番で支度を済ませると僕は真由子の部屋の戸を叩いた。すると、寝起き顔の真由子が扉から顔をのぞかせた。服も寝間着で、無防備すぎる姿に笑ってしまった。つられてなのか、真由子も微笑んだ。
「真由子さん、今日は駅まで送っていただかなくて大丈夫です。それと、この1週間、ありがとうございました」
僕は深々とお辞儀をした。何も彼女からの返答はない。顔を上げると、そこには晴れやかな笑顔を見せる真由子がいた。そして無言で手を差し出してきた。僕は少し間をおいてしまったが、きっちりと握手を交わした。
「私も、あなたに出会えてよかったです。また、いつか」
「また、どこかで」
あっさりしすぎているのかもしれない。でも、これでいいんだ。
僕は部屋から荷物を取って、チェックアウトの手続きを済ませた。コテージを出ようとすると、後ろからバタバタと足音がする。振り返ると、あの時の白いワンピース姿の真由子が何かを持って走ってきた。僕の前に立つなり、これ、と差し出した手の上にあったのは、ハンカチだった。
「お返ししますね。もう、泣かないので」
そう言って、彼女はとびっきりの笑顔を僕に見せてくれた。僕は、ゆっくりとそのハンカチを受け取ると、もう一度お辞儀をして、彼女のいるコテージを出た。
風が気持ちいい。砂浜は日光でまばゆく光り、海は深い青色を見せる。
ここに来て、自分という人間の弱さを知った。この1週間は、僕を強くしたのかはわからないけれど、僕を変えてくれた。それを、良い方向へ持っていけるかどうかは、これからの自分次第だ。そんな覚悟が、持てた気がする。
「おい、敦司!」
砂浜の向こう側から大声で呼ぶ男がいる。どう考えても健二だろう。よく通る声で僕のことを何度も呼んでから、大きく手を振った。
「じゃあな!また来いよ!」
実際僕も恥ずかしいけれど、あんな遠くから言うこともないじゃないかと、思わず笑ってしまった。僕も出したことのないような大きな声で、ありがとう、と大きく手を振りながら叫んだ。
そして僕は帰路へと足を向けた。生い茂った森の中を歩かねば、駅へはつけない。この時間をどう潰そうか、なんて考えるところだが、僕は迷いなく携帯を手に取った。今、起きているだろうか。出てくれるかな。敦司は電話をかけた。意外にも、すぐさま相手は電話に出たようだ。
「あ、もしもし?…久しぶり。あのさ、唯。話さなきゃいけないことが、たくさんあるんだ」
夕焼けの行進 鬼神社 @onijinjya
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