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 ここ数日の港は大忙しだった。いつも健二が使っていた船が壊れたり、それを修理するための業者がいつまで経っても連絡がつかなかったりと慌ただしく健二はあっちこっち走り回っていた。もはや港から出る余裕などなく、真由子とも敦司ともだいぶ顔を合わせていないことにすら気づいていなかったのかもしれない。


 そんなある日、所用でコテージ近くへと出向く機会があった。流石に一服する時間くらいはとれるだろう、と健二は数日ぶりにコテージに顔を出した。すると、そこに人の気配はあまり無く、見渡してもやはり受付の高山さん以外に人は見当たらなかった。仕方なく木の椅子に腰かけて、高山さんにコーヒーを淹れるよう頼んだ。


「ごめんね健二君、ほんの数分だけ店番しててくれない?コーヒー豆、切らしちゃって」


 健二は、どうぞお構いなく、と笑って高山さんを送り出した。これで少なくともロビーには健二しかいないし、なんだか征服感が湧いてくるような気分になった。途端に立ち上がると、受付の席に座ってみる。宿泊帳を眺めてみたり、各部屋の鍵を取って触ってみたり、なんとも挙動が落ち着かない。突然宿泊客が来たらどう対応すればいいんだろうか。というか、真由子さんも敦司もどこに行ったんだろうか、といろいろな考えが頭を駆け巡るなか、静寂は一本の電話の呼び鈴で終わりを迎えた。



 健二はとても焦った。この電話を取っていいものなのか。取ったとしてもどう対応すればいいのか、しかし取らなければ予約を一件逃してしまうことになるかもしれない。ええい、考えても仕方ない、と健二は半ばヤケクソで受話器を取った。



「…はい、もしもし、こちらコテジなかむらですがー。」


「あっ、すいません、えっとお聞きしたいことがあるんですけども」



 受話器の向こう側からは何とも可愛らしい女性の声が聞こえてきた。若干健二の心は和らいだが、このままだと予約の可能性が高いと踏み、少し遠くに放り投げていた予約帳に手を伸ばしかけた。



「そちらに、深沢 敦司という者が宿泊していますか?」



「えっ?」


 

 健二の体の動きは止まった。そしてゆっくり手を引っ込めて椅子に座りなおした。想像していたこととかけ離れた現実に戸惑いを隠せなかった。敦司が宿泊しているかどうか、はいそうです、と答えれば終わりなのだが、冷静になって考えれば宿泊情報などみだりに教えていいはずがない。


「すいません、そのような質問にはお答えできませんね」


 向こうはうなだれたような様子を、ため息ひとつで訴えかけてきた。

 

 しかし、この子は敦司とどのような関係なのだろうか。まず、ここに電話をかけてくる時点で目星はついているわけだし、なにか重要な連絡があるならここで電話を切るのも少し不憫なものである。敦司が凶悪犯罪を犯し、それを追う覆面警察官…なんて、もし警察官ならそう名乗ればこちらだって答えざるを得ないんだからそんなはずもない。だんだん、健二も相手の子が可哀そうになってきた。


「あー…なにか伝言でもありましたら、一応お聞きしておきますが」


 

 こんなセリフを言う時点でここに敦司がいると証明しているようなものであるが、そこは健二の気遣いだと察してほしい。途端に声色は調子を取り戻した。


「そしたら、この電話番号にあとで折り返しで電話してほしいと伝えてください。あ、名前はオカダ ユイです。番号は…」


 健二はメモ用紙の端に電話番号を書きなぐりながら、ふとオカダという名字に気を取られた。てっきりこの子は敦司の姉か妹かと思い込んでいたのだ。名字が違う、なおさらに敦司との関係が気になって仕方なかった。


「どうも、そしたら伝えておきます…あ、いや」


 途中で便宜上敦司がいない体で話さなければならないのを思い出し言葉に詰まった。すると、オカダさんはくすくすと笑っていた。それでは、と電話を切ろうとしたところで、健二は咄嗟にそれを遮った。



「あの、一応、一応なんですが深沢さんとはどういった関係ですか」


 ここまで踏み入った質問をしてよいものなのか、と若干の後悔心からか頭をかきむしる。しかし、オカダさんは何の迷いもなくこう答えた。




「彼氏彼女、ってやつです。はい」


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